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大久保康雄〜風の記憶

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大久保康雄〜風の記憶
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私にとって「風」とは人であり、場所(空間)であり、出来事でもあり、外側から自分のこころを揺さぶり、動かすものすべての詩的表現です。これはそれらの記録でもあり、記憶でもあります。また、私がそれらのものから受けた印象や思いを記した雑記帳のようなものです。お時間がありましたら、どうぞごゆっくり私のひとりごとにおつきあいください。
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まちの中のバリアを意識していない人にそれを意識させよう!

2009/07/04 22:26
このところ律儀に一週間ごとのブログ更新を続けている。記事を書くネタがないわけではない。このところ過密なスケジュールの上、やらなければいけないことが山のようにあり、それをこなしてゆくだけで精一杯なのである。まあ、それを私の場合は楽しんでいるところがあるのだが…。

今週の月曜日、いよいよ私の部屋にも地デジ対応のテレビが入った。居間のテレビに比べて画面は小さいけれど、それでも以前視ていたブラウン管のアナログTVが13インチなのに比べて、今回の液晶TVが22インチだからそれだけでも違いは歴然だけど、アナログと地デジの画質の違いを比べると、圧倒的に地デジの方がクリアーである。ただ、時々衛星から信号が送られてくるために、絶えず電源を待機状態にしておかねばならず、それだけの電気代が余分にかかることになる。待機電力ぐらい知れていると思っているアナタ、それは間違いだ。確かに1日の待機電力は知れているが、塵もつもれば山となるのである。どうも国の施策は矛盾が多い。方や環境に配慮して電気を節電しましょうと言っておきながら、待機電力がかかる地デジに移行させようとする。なんだかなあ〜という感じだ。

水曜日は午前中、10月に行われる「きた福祉フェスティバル」の第1回目の打ち合わせがあり、黒川へ。午後からMOMOに出勤する。木曜日、9月に行う『カレーなる晩餐会Part2』の企画のための打ち合わせをしにくれよんさんに赴き、みやちゃんと日程やどこを調査するかを話しあう。前年は『星が丘テラス』に行ってもらったが、今回は栄の飲食店が入っている古い「たての街ビル」と、東区の文化のみちに点在している歴史的建築物のバリアチェックをしてみようということになった。名古屋第一の繁華街である栄には新しいファションビルやアミューズメントビル、商業ビルもあるが、飲み屋が入っているような古いビルは「ひとまち条例以前」の建物が多く、とてもバリアフルなビルだったりする。それは文化のみちに点在する古い建築物にも言える。

内閣府が行った調査によると、ほとんどの人が障がい者とともに生活できる社会が望ましいとしながらも、施設のバリアフリー化など、障害者への配慮や工夫がされてなくても「差別にあたらない」と考えている人が3分の1を超えていることがわかったとか…。まあ、障がいのない人たちはいつもまちの中のバリアなんて意識したことがないだろうし、共に生きるという意識の底には障がいのある人たちは、自分たちとは違う存在なのだから…という区別意識が働いているのではないのだろうか? まちの中のバリアに気づいていないならば、映像を通して気づかせてあげるのもジネンカフェの役目だろうと思う。

そして今日、みやちゃんとふたりで栄に繰り出した。しかし、案の定「たての街ビル」はとてもではないけれど、車いす利用者がひとりで利用出来る環境ではなく、障がい者がもう少し大挙して繁華街に繰り出せば、まちも少しは変わってゆくだろうか…と思った。
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7月の予定は…

2009/06/27 21:10
またまた一週間ぶりのブログ更新である。今週もバタバタしていたのかといえば、そういうわけでもない。では、のんびりしていたのかといえば、そういうわけでもない。月曜日には第二回目の半田市まちづくり市民会議があり、日本福祉大学の千頭聡先生の講演を聴いた。その千頭先生の講演を受けて、前回の補足的な感じのワークショップ。次回からいよいよ本格的な総合計画策定に向けた取り組みが始まる…。

火曜日はMOMOに行き、この秋に予定している育くみ隊HPリニューアルのための作業をする。HP維持管理という仕事は本当に地味で根気がいる作業である。水曜日、木曜日と自宅にいて大掃除の続きの写真の整理をしたり、「ムゲンの樹、水のない海」を執筆していた。その合間に村上春樹さんの新作『1Q84』を読む。いま漸くBOOK1の最終章を読んでいるところだ。村上さんの小説は『ノルウェーの森』で初めて出会い、それから遡ってそれ以前の作品を読み、新作が出る度に読んではいるが、いつの頃からか文体が変化してきているような気がする。

金曜日もMOMOに行き、HPの作業をする。金曜日だけは朝から開いているので時間をかけてじっくりと作業することが出来る。

私はいままでスケジュール表というものは作らない人だったが、最近参加している会議やら福祉のタウンミーティングが多くなってきたので整理をするためにPC上のカレンダーに7月のスケジュールを書き込んだら驚いた。三日も空けずに何かの予定が入っている…。仕方がないか。これも自分が蒔いた種だからな…。


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人ひとり生きるということは…

2009/06/20 20:43
今週はなんだかバタバタしていた。それはいつものことだろうと云われそうだけれど…。実は我が家にも地デジ対応テレビ時代が到来することになり、家族で毎月お金を出し合って積み立てしている預金で居間用のテレビを買い換えたのを皮切りに、母親が自分の定期が満期になったので自室のテレビを購入するついでに、私の部屋のテレビも地デジ対応のものと買い換えてくれるという。この歳になって年老いた母親からテレビを買ってもらう…ってどうよと思ったが、情けないけれどこの申し出は嬉しかった。私自身としては世の中が地デジに切り替わるギリギリまで待って買おうかと思っていたので、3/1ほどの金額は出そうかと思っている。

そんなこんなで火曜日一日、部屋の模様替え兼大掃除をしていた。私の部屋は本来なら6畳あるのだが、私の洋箪笥や母親の花嫁道具だという桐箪笥や、スチール製の本箱、CDコンポ、PCデスクなどが所狭しと並んでいる。テレビはドアを入ったすぐ右手においてあるのだが、いままでの四角いブラウン管テレビなら丁度その位置に納まっていた。しかし、地デジ対応テレビは薄い代わりに横幅があり、部屋の出入りの度に邪魔になる可能性もある…。だから部屋を大掃除がてら、地デジ対応テレビが納められるスペースを確保するため部屋の模様替えをすることにした。

過去に拘らないという割に、私は昔ひとから貰った手紙とかお土産とか、自分が書いた記事やエッセイ・コラムや小説が掲載されている情報誌や同人誌の類、以前関わったプロジェクトの書類等々を棄てられないで取ってある。だからそれが机の上と言わず下と言わず散乱しているのだ。それらのものを整理して残すものは残して、あとはすべて処分することにした。おかげで部屋の中がすっきりしたが、なんだか疲れてしまった…。まあ、私が市民活動をするようになって10年間ぐらいの書類を片付けたのだ。名刺の山も出てきた。これもほとんどシュレッターにかけた。そのほとんどの人が一度どこかで会い、名刺交換してそれきりの人ばかり。それにしても大量のゴミの山である。人ひとり生きてゆくということは、周りに多かれ少なかれ影響を与えあうばかりではなく、大量のゴミや人間的な毒や膿をまき散らしながらゆくということでもあるのだろう。

水曜日はジネンカフェのミーティング。今年も9月6日(日)の16:00〜20:00まで、まちの縁側MOMOにおいてカレーパーティーを行います。詳細は決まり次第お知らせします。

木曜日は夜19:00から地元半田市福祉計画のタウンミーティングがあり、参加するものの、なんだかなあ〜という感じ。第一回目なのだから、ワークショップをするにしても、もっともっと多くの意見を出してもらった方がイメージが膨らむというものである。それを集約してゆくのが策定委員会や、事務局になっている社協の役割なのではないのかな?

金曜日は、東区の第二次福祉活動計画の作業部会の最終日であった。私は東区の住民ではないし、週に一日か二日通っているだけなので、私が持っている問題意識と東区の住民さんとの問題意識とが全然ズレていて、なんだか最後まで違和感のようなものが拭いきれなかった。




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ムゲンの樹、水のない海

2009/06/14 12:14
先週末あたりからム蒸し暑くなってきた。それでなくても名古屋の夏は猛烈に暑い。雨でも降ればそれでも多少は涼しくなるのだろうが、梅雨入りしてから一日だけ降っただけである。今年の梅雨は空梅雨であろうか? 

気がつけばブログの更新も一週間ぶりだ。今週はいろいろとあったからなあ〜。記事を書く余裕もなかったし、書ける精神状態でもなかった。しかし、頭の切り替えが速く、立ち直りが速いのも私の取り柄だ。仏教ではこの世のすべては幻で、自分が意識するから様々な因縁が生まれるのだという。そんな夢幻の世界に私たちは生きているのだと思うと、なんだかあらゆる出来事が馬鹿馬鹿しく感じられるが、馬鹿馬鹿しくても良い。どうせ私は俗世を棄てることはできないし、棄てたいとも思わない。例えそれが馬鹿馬鹿しく思われても、他者と関わるということは、俗世に生きる私にとってはとても大切なことなのだ。

昨日、ジネンカフェVOL.028を催した。ゲストは名古屋市緑区のかたひらかたろうさんで活躍しておられる『布ぞうりの会』の代表の高野萬里子さん。詳細は「ジネンカフェだより」の方に書くけれど、まあお歳の割りにはパワフルな方である。かたろうの石川さんの周りには、どうしてこんなにパワフルな人達が集まるのだろう? 進行役を務めていたこちらが思わず人生相談をしてしまうほどに人として魅力的な人生の先輩でもあった。

さて、このところどういう脈略でそんな言葉が思い浮かんできたのか解らないが、「ムゲンの樹、水のない海」という言葉が頭を離れないでいた。水のない海とは、月の海のことである。そしてムゲンとは夢幻ではなく、無限のことである。こういうことはたまにある。誰かと話していたり、音楽を聴いたりしている時に、不意に言葉の切れ端のようなものが浮かんでくる。それが物語のヒントになることもある。今回も「ムゲンの樹、水のない海」という言葉に触発されるように、ひとつの切実なる物語のイメージが現れ始めた。普段私はメモ帳を持ち歩かない人間だけど、昨日は物語のイメージが湧いてくる予感があったので持ち歩いていたのだが、くれよんさんでロコモコを食べている時にそれはやってきた。昼食を食べ終わり、ジネンカフェまで時間があったので次から次へと湧き上がってきたイメージを言葉に換えてメモ帳に書き留めて行った。

これが書きあぐんでいる「ツトムくんの秋」になるのかどうかは解らない。先ずはショートストーリーのメルヘンを書いてみようと思う。 
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カラオケはダイエットに効果的か?

2009/06/07 23:05
東海地方は梅雨入りもまだしていないというのに、今日は太陽がジリジリと照りつけ、気温もぐんぐん上昇し、真夏日になった。昨日、今日のこの2日間も名古屋に出かけていた。昨日はNPOの総会でMOMOへ。そして今日は、半田市の市長選だったが、私はいつも前もって郵便投票で済ませているので、知人のNYさんが送ってくれた『猫様まつり』の招待券をもってMOMOの近くの〈日本陶磁器センター〉へ友人と行ってきた。

『猫様まつり』とは、毎年この時季に催されている猫好きアーティストたちによる、猫デザイングッズの展示・即売会みたいなものだ。ただの即売会ではなく、ここで売れた収益の何割かは地域猫の避妊手術運動に使われているらしい。最寄り駅の高岳で友人と待ちあわせて日本陶磁器センターに行ったのはよいが、懸念した通り全くバリアフルな建物で、入り口に三段ほどの段がある。こういうことには慣れているので友人に係の人を四人ほど呼んできてもらい、車いすごと持ち上げてもらって玄関に入った。あとはエレベーターで会場である4階へ。

会場では所狭しと、猫好きアーティストの人達がいろいろなデザイングッズを並べていた。どれもこれも個性が感じられて面白い。友人も猫好きなので喜んでいろいろと物色していた。

猫様まつりの会場を後にして栄に向かった。地下鉄なら一区画の距離なので地上を歩いてゆくことにする。セントラルパークの地下街で昼食を食べ、久しぶりにカラオケ屋に行くことにした。私はこれまでカラオケには縁がない人間だったのだが、ここ二年ばかりで4回も行っている。ちょうど半年に一度の割合になるわけだが、これは平均的に言って多いのだろうか、少ないのだろうか…?

しかし、ひとつだけ言えることは、回数を追うごとにカラオケをしている時間が長くなり、私も歌うことが多くなっているということだ。今日なんて友人とふたりで2時間半も歌っていた。もちろん友人の方がカラオケ屋のシステムに慣れているので曲の予約を入れるのも早く、またレパートリーも多い。今回は私も負けじと歌いまくった。なにを歌ったのか、例の如く秘密である。でも、いまのカラオケの機械って、歌い終わると画面に消費カロリーが出ることに気がついた。カラオケでもダイエット効果があるのだろうか…?
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古い写真の中のきみ

2009/06/04 20:11
GW中から続けていた兄夫婦の家中のアルバム整理は、いよいよ佳境を迎えたようだ。一昨日、私が名古屋から帰り、夕食と入浴を済ませて自室で村上春樹さんの新作『1Q84』を読んでいたら、兄が部屋に入ってきて「ちょっとみてもらいたいものがある」と言って紙袋の中より束になった私の幼い頃からの写真を出してきた。私の写真なんて残ってないかと思っていたのだが、これが案外たくさん残されていたのである。

その写真の中から〈残すもの〉と〈廃棄〉するものと分けろというわけだ。友人に携帯メールを打ちかけていたが、仕方がないので中断して写真の整理・分別に取りかかる。驚いたのはその写真の枚数である。その数や膨大なものだ。こういう時には〈棄てる基準〉と〈残す基準〉を自分の中で決めなければならない。幼い頃の写真には同じ時の同じような構図の写真が多い。失敗するのを恐れて何枚も撮したのだろう。その中からベストショットを選び、あとは棄てる…。そんなことを繰り返していた。

写真の束はやがて小学校〜高校時代に移った。中学・高校時代の写真は、卒業に際して学校側が配布するいわゆる『卒業アルバム』からはがした写真が多く、私が写っていないものもある。そうしたものはすべて思いきって棄てることにした。実はその中に初恋の人が写っている写真もあったのだが、それも廃棄する方に分類した。私はあまり過去を振り返らない。現在の私があるのは過去の様々な出来事があったからで、いろいろな人が私に関わってくれたからだということは忘れたことはない。けれど、いつまでもそこに踏み止まっているのもどうかと思うのだ。人の一生の中で流れないものもあれば、流れるものもある。それでよいではないか。過去と現在は確かに繋がっていて、過去が現在に影響を与えているのも確かであろう。しかし過去は過去。現在は現在である。

小学生の頃によく私とツーショットで写っている男の子がいる。ほかの友人たちは皆名前を憶えているのに、その子だけ名前が浮かんで来ない。一緒に写っているのが一枚か二枚なら、たまたま偶然そこに居合わせた友人と撮したのだろうという推測も成り立つが、別々の時に、それもいつもツーショットで写っているということは、当時よほど仲の良かった友人だったのだろうが、申し訳ないけれど、どうしても名前が浮かんで来ない。う〜ん、気持ちが悪い。

古い写真に私と一緒に写っているきみ、きみは一体誰なんだ?
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いい曲はどんなアレンジをしても…

2009/06/01 13:06
5月最終日の昨日、久しぶりの風穴の公演で小牧に行ってきた。この4月に小牧の大城に新しい児童館がオープンした。館長を友人のTさんが務めていることもあり、公演を依頼されたのである。メンバーの中で一番若い高校生の紗葉ちゃんと栄で待ちあわせて、名城線平安通周りで小牧へと向かう。紗葉ちゃんとは二年前にも小牧に公演に行ったことがあるけれど、その頃に比べて名鉄小牧駅もホームが嵩上げされたり、エレベーターが付けられたりして大変に便利になったものだ。私は昨年の晩秋にも友人のMちゃんと光が丘中学校に公演に行っているから、約半年ぶりの小牧ということになる。

大城児童館はTさんの設計だけあり、開放感があり、子どもの遊び心をくすぐる仕掛けに溢れた空間であった。事務室がパブリックスペースに向けて開放的なのもよいし、その一角に大人や横になりたい子どもがくつろげる畳敷きのスペースがあるのもよい。パブリックスペースの真ん中には大きな遊具がデーンと据えられており、そのスペースと多目的に使用できる遊戯室の間には一応壁が存在するのだが、抜け穴があったり、小さな覗き穴がいくつもあったりしている。2階は音楽室に中学生・高校生たちの学習室に、児童のプレイルームがある。そうなのだ。児童館はなにも小学生のためのものではない。中学生や高校生が来てもよい筈なのだ。Tさんはおそらく地域に中高生の居場所を作りたかったのではないだろうか? 以前、そんなようなことを聞いたような憶えがある。

昨日も小学生に混じってバンドをやっている高校生たちや、紙芝居を読んでくれた光が丘中学校の生徒たちが遊びに来ていた。それがとてもよい感じで混ざりあっているのだ。昨日は2階の音楽室を使ってバンドの練習をしているう「アルバトロス」という高校生バンドの演奏があったが、聞き慣れないロックでも子どもたちは「うるさい」と言いつつも、楽しそうに聴いていたり、楽器に触ったりしていたし、光が丘中学校の女の子たちも小学生たちの相手をしたり、マットを移動させる手伝いをしていた。つまり昔の〈年長の子どもが年少の子どもの世話をしたり、遊んであげる〉という、子どもコミュニティが自然とできあがっているのだ。紗葉ちゃんがぽつりと「わたしの家の近所にもこんなところがあったら良いのに…」とつぶやいていた。

高校生バンド・アルバトロスが演奏していた曲は、さすが紗葉ちゃんは4曲とも知っていたそうだけれど、私は1曲しか知らなかった。知っていたその1曲とは、なんと「となりのトトロ」の主題歌のロックバージョンだったのだ。アルバトロスの次にやはり近隣在住の大人ふたりによるピアノとチェロの合奏があったが、その1曲目も「となりのトトロ」こちらの方はしっとりと聴かせてくれた。ロックバージョンの「となりのトトロ」なんて初めてきいたけれど、なかなかよいではないか!

そう言えば平原綾香さんの「ジュピター」にしろ、「ノクターン」「カンパニュラの恋」先日発売された「新世界」「アベ・マリア」にしろ、クラシックの佳曲にアレンジを施して歌詞を創作して歌っている。どの曲も私は好きだけれど、やはりよいメロディをもった曲は、どんなアレンジをしてもやはりいい曲なのだ。先頃亡くなられた忌野清志郎さんも坂本九さんの「上を向いて歩こう」をロックバージョンにして歌っていた。
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まちづくり市民会議

2009/05/29 20:55
どうも最近天気に裏切られている。昨日、今日と天気予報ではしっかり雨マークがついていたので、昨日MOMOにゆくのを辞めたら朝の内降っただけで、どんよりとしていたものの雨は降る気配をみせなかった。今日も朝から太陽が顔を覗かせ、雨が降る気配など全然ない…。うーん、天気予報なんてあてに出来ないとはこのことだろう。全く…。天気予報に振り回された二日間であった。

しかし、今日はもともと名古屋に出かけるつもりはなかった。午後から地元で市の総合計画策定のための〈まちづくり市民会議〉があったからだ。半田市では来年から10年間の総合計画を策定するにあたって一般から公募という形で〈まちづくり市民委員〉を募り、行政とともに総合計画を練り上げて行くという取り組みを始めた。この会議は大体平日の午後から行われることが多いので、仕事に行っている人は出られない。そのため、その会議とは別に平日の夜にも〈まちづくりサロン〉なるざっくばらんな集まりももつのだそうだ。何度も書いているように私はこれまであまり地元のまちづくりには関わって来なかったが、地域コミュニティの再生を目指しているNPOの理事がこれではちょっとまずいだろうとずっと思っていた。しかし、諸事情があり、なかなかその機会に恵まれなかったのだ。今回はもうそろそろ地元のことにも手を出して行かないとな…という思いもあって、一般公募に応募したらそのまま〈まちづくり市民委員〉に選ばれたのだ。

今日集まったのは公募の委員17名と、各まちづくり団体の代表や区長さんたち、合計52名の市民と、企画課の職員、それにコンサルとして関わる地域問題研究所のコンサルさんたち。第1回目の今日は総合計画とはなんぞやというところから、市民委員の役割、半田市の現況の説明があり、休憩を挟んでグループに分かれて半田の良いところ、悪いところをワークショップによって出してゆき、まとめた。

やはりというか、案の定というか、各グループともに似たような意見が出された。名古屋に出るのには便利になったけれど、市内を移動する場合の不便さが先ず挙がっていた。そのせいもあるのか最近のデーターによれば、名古屋に勤めていて夜帰って来るという、ベットタウン化しているという。まあ、私もそれに近いので何とも言えない。東西の交通網が不便。公共施設があちらこちらに点在していて、不便。中心市街地が寂れている。名鉄駅前は整備されて利便性は良くなったけれど、個性がない。クラシティはんだが活かされていない。南吉や彼岸花や亀崎、蔵のまちなど情緒ある街並みは残っているものの、それを市民があまり知らない。自然もそれなりに残されてはいるが、里山が宅地化されて切り崩されている。匠の技を持った人達が多い等々…。これが歴史も文化もある半田という旧い地方都市の良さでもあり、課題点でもあるのだろう。

この〈まちづくり市民会議〉は、今年度中にあと8回開かれる予定だ。
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走り回った週末

2009/05/24 23:15
近頃、久しぶりに会う人に必ずといってよいほど言われることがある。「ちょっと痩せたね」「すっきりしたんじゃない?」「痩せた?」表現はまちまちだけど、みなさん私が痩せたと思っているらしい。確かに一番太っていた頃に比べると、3Kgほど痩せた。しかし、一時期お腹の脂肪を燃焼させるサプリを飲んでいたが、最近はダイエットなんてしてはいない。食べるものも以前とそれほど変わっていないし、酒の量も相変わらずである。ただ、昔と比べて飲む機会が減ったということはあるかも知れない。あまりにも「痩せた」と言われると、嬉しい反面心配になってくるから不思議なものだ。そんな話を家族にしたら「歳を取って筋肉が落ちてきたんだわ」と一刀両断された。まあ、それはさておいてこれだけあちらこちら動きまわっていれば、痩せてもくるだろう…。

この土日も名古屋を走りまわってきた。昨日はあいちピアカウンセラーセンターのピアカン初級講座を受講してきた。会場が名古屋駅と丸の内の真ん中にある同センターの事務所で、講座のプログラムが朝の10:00〜16:00まであり、先日受講したビギナーズ講座よりも深い内容であった。指導員も心理カウンセラーの方や先輩ピアカンの方が務めておられ、より実務的な講座内容であった。しかし、今回の受講者はなんと私ひとりだけ…。その事務所には私を含めて7名もいたので、少なくてもその半数は受講者さんだろうと思っていたら、なんと先輩ピアカンの方々で、みなさん、それぞれピアカンとしての職場を持っていらっしゃるという。そんな先輩ピアカンの方々に見守られながら、初級講座を終えて今度実習を受けることになっている。電話での相談業務の実習である。それにパスすれば晴れてピアカン初級の資格が取れるらしい。話によれば厚生労働省にもピアカンを障がい者の職業として認定させようという動きがあるとか…。どうせ資格を取るのなら中級、上級を目指したいものだ。

講座が終わり、甘いものが食べたくなったし、ジネンカフェの件で所用があったのでくれよんさんに赴き、デザートセットのケーキとアイスコーヒーで熱くなっている頭をクールダウンさせる。

今日は午後、栄の芸文センターに友人のお豊さんが所属している劇団きまぐれの公演を観に行こうと思っていたので、午前中あおなみ線に乗って金城埠頭のポートインメッセで催されていた『ウェルフェア2009』に行ってきた。2年ぶりのウェルフェアだったが、やはり私が興味を惹かれるものは何もなかった。ちょっと「おっ」と思ったのは、福祉用具のトーキングエイドが小型化になっていた点だ。トーキングエイドというのは、言語に障がいがある人がキーボードのようなものをおしてゆくと、その通りに本人の変わりに音声で意思を伝えてくれるツールである。私は使用していないが、ジネンカフェに時々参加して下さる方が使用しているのだ。まあ、携帯電話も初めは箱のように大きなものだったらしいから、トーキングエイドも小型化しても別に不思議でもないが…。

午後から栄に出て、劇団きまぐれの公演『鰐梨(アボカド)の育て方』を観に行った。どこにでもあるような地方の病院を舞台に、個の時代、孤の時代と云われている現代にあって、(家族)というものの大切さを問いかけてくる作品であった。お豊さんの本ではなかったけれど、観終わった後にしみじみと家族のありがたみを感じさせてくれる作品でもあった。
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『この世界の片隅に』

2009/05/21 12:59
私にはどうにもイケナイ癖がある。名古屋への行き帰りにちょっとした時間があると、JRタカシマヤ9階の三省堂書店に赴いて、面白そうな本があるとまだ読みかけの本があるにも関わらず購入してしまうのだ。若い頃に比べて読書のスピードが落ちた、というよりも本を読んでいるよりも、ほかのことをしている方が多くなったと言おうか…。それでも本が好きなのは変わらないから、どうしても未読の本が増えてゆくことになる。京都に行く直前に購入し、いままでかかって読んでいた3巻本のコミックを読了した。こうの史代さんの『この世界の片隅に』

こうの史代さんと言えば、映画にもなった『夕凪の街 桜の国』で著名な漫画家さんだ。『夕凪の街 桜の国』も原爆投下後10年経った広島と、その原爆によって亡くなって行った人々や、亡くならないでも原爆の記憶によって苦しめられている人々、いつ発症するか解らない原爆症に怯える人々、それでも現在を力強く生きようとしている人々を描いた心にじんわりと来る作品であるが、新作の『この世界の片隅に』も、やはり戦争中の広島と軍港でもあった呉に暮らす人々の生活を描いていて、これまたじわじわと心に来るのである。

主人公は広島で家族と平穏に暮らす少女のすず。すずは絵を描くことが好きで、いつもぼんやり考え事をしていてはヘマをやり、兄や妹にからかわれていた。そんなすずにも初恋の相手が現れる。クラスで一番の嫌われ者の水原。しかし、戦争はすずの生活にも水原のそれにも影を落としてゆく。水原は戦争の犠牲になった兄の後を追って海兵隊に入隊し、すずも請われて呉の北條家に嫁に行くことになる。すずの呉での新しい家族との生活が始まる…。しばらくして戦地に赴くという水原が、すずを訪ねて来る。別れの時、すずに向かって水原が言う。「この世界で普通で、まともにいてくれ」と…。この水原の言葉を私なりに解釈するならば、「どんなことが起きようとも、自分らしくいてほしい…」ということだろう。

戦争は物理的に街を破壊し、人が殺しあうだけではなく、人の心までも変貌させる。人が自分と何の関係ない人を殺し、また自分とは関係ない人から殺される。家々が焼かれ、壊される。道を歩いていた人が時限爆弾によって吹き飛ばされる。昨日まで元気に自分の周りにいてくれた人が、今日空襲によって死んでしまう…。国家のため、国民を護るためという美名を着せられ、日常的にそういうことが続いていると、それらのことがあたりまえに思えて来る。感情が摩耗し、悲しみの感覚が鈍化してゆく…。そんな人の世の有り様は、どこか歪んで病んでいるのだ。そんな歪んだ世界の片隅に普通でいることは何と難しいことだろうか? このコミックの時代背景は確かに戦争中だけれど、すずに向かって言った水原の言葉は現代の私たちにも突きつけられていると思う。世の中が平和だということは、個人の人としての尊厳や意思が護られ、自分らしい生き方が出来ているということなのだ。
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哀しみの調べ

2009/05/19 12:46
関西方面で新型インフルエンザが拡がっている。水際対策をしていても、敵は目に見えない相手だし、ずる賢い奴だから日本上陸も時間の問題だろうと思っていたが…。まあ、幸いにして感染力は強いけれど、弱毒性のヴィルスらしいから気をつけることに越したことはないが、それほど神経質になることもないだろう。手洗い、うがいをこまめにしよう。

最近、iPot-touchにはまっている。いままで持っていたiPotとは異なり、音楽を聴くだけではなく、写真や動画や多彩なアプリケーションなどもダウンロードでき、楽しむことができる。また、メール機能とか電卓機能、マップ検索機能、各地の天気予報機能、YouTubeまで装備されているので、かなり便利なアイテムだ。名古屋への行き帰りや人との待ち合わせの時間、原稿を書いていて言葉に詰まった時とか、PC作業をしている最中にも音楽を聴いたり、YouTubeの番組を楽しんだりしている。先日、懐かしい初代ウルトラマンの第一話や、友人お薦めの『ヘタリア』などもみた。

また、電子書籍などもダウンロード出来るので、私は『万葉集』の好きな歌だけをチョイスして、iPotの中にダウンロードしている。『万葉集』のアプリはJR東海が作成しているもので、『万葉集』の歌だけではなく、その歌の解説が奈良の美しい景観の動画とともに流されるというものだ。20代の頃、梅原猛さんの『水底の歌』や『隠された十字架』などの著作によって古代史に興味を覚え、それとともに『万葉集』も好きになった。奈良へも年に二度は行っていたのではなかっただろうか…。私が惹きつけられていたのは、歴史そのものというよりも、その時代に生きた人々の生き方であり、想いだったのだろう。

特に気に入っていたのが天武天皇の皇子・皇女たちに関する歌で、天武天皇の崩御後、後の持統天皇が我が子の草壁皇子に天皇の座に就いてもらいたいばかりに、人望厚かった亡き姉の息子である大津皇子に謀反の罪を着せ、死刑にしてしまった事件に付随する歌などは胸に迫り来るものがある。大津皇子は若干24歳であった。皇子の死後、唯一の肉親で当時の伊勢神宮の齋王だった大伯皇女が詠んだ歌がまた哀しい。「うつそみの 人なる我や 明日よりは 二上山を  弟背と我がみむ」罪なくして処刑された大津皇子の祟りを恐れた為政者側は、大津皇子の亡骸を古来より聖山と呼ばれている二上山に葬ったのである。この世の人である私は、明日から二上山を弟と思ってみるのでしょうね…」母を早くに亡くした姉弟にとっては、お互いがかけがえのない存在だったのだろう。特に生涯を独身で過ごした姉の大伯皇女にとって、大津皇子は頼もしくも愛おしい存在であったのだろう。彼女の深い哀しみとやるせない嘆きが伝わって来る。

同じ天武天皇の皇子で、草壁皇子や大津皇子とは異母兄弟にあたる穂積皇子が、その恋人・但馬皇女が亡くなった後に詠んだ歌もまた涙を誘う。「降る雪は あはにな降りそ 吉隠の 猪養の丘の 寒からまくに」但馬皇女という人は奔放な女性だったようで、やはり異母兄弟の高市皇子の妃であったが、穂積皇子とも恋愛関係にあったらしい。それを咎められても穂積皇子に会いに行こうとする但馬皇女の歌も残されている。但馬皇女は亡くなった後に、吉隠(現在の名張付近)の猪養の丘に葬られた。穂積皇子の歌は「降る雪よ、そんなに降らないでおくれ。吉隠の猪養の丘に眠っている彼女が寒いだろうから」というような意味である。そのほかにも万葉集には優れて心を震わせる歌が数々載っている。

それらの歌を読んでゆくと、人の心や想いというものは、時代を隔ててもなにひとつ変わらないのだな〜と思い、感動すると共に、1400年も昔の人である大津皇子や大伯皇女、穂積皇子や但馬皇女たちが身近な存在に思えて来るのだ。




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あっという間に5月も半ばです

2009/05/16 20:17
5月に入って気候がめまぐるしく変わっている。先週の土日と初夏というより夏の盛りのくような日射しが照りつけ、気温も30度まで上昇した。かと思えば昨日まで日射しは相変わらずだが、爽やかな風が吹き渡り夕方など少々肌寒いぐらいだった。そして今日が雨で寒いと来ている。明日も雨の予報だ。今週は月・水曜日と休んだだけで出歩いていた。明日は大雨の予報だから大人しく自宅にいよう。私の場合自宅にいてもPCで何らかの作業していることが多いのだけれど…。

昨日、公開されたばかりの『天使と悪魔』を友人と観てきた。ダン・ブラウン原作ミステリーの映画化第二弾である。前作ではレオナルド・ダヴィンチをめぐっての謎解きだったが、今回は聖なる都・ヴァチカン(キリスト教)対ガリレオ(科学・物理)との対決である。前作の『ダヴィンチ・コード』よりも、『天使と悪魔』の方がスピード感も緊迫感もあり、キリスト教の知識がなくても十分に楽しめる作品だ。でも、キリスト教界とガリレオの対立や現教皇が亡くなった後、新しい教皇を決めるための各国の枢機卿による話しあいがもたれるという、ある程度の知識をもって映画を観た方が面白さも違ってくるかも知れない。ネタバレになるので詳しくは書けないけれど、悪魔になってまで神の権威を護ろうとする犯人の姿が凄まじく哀しい…。とにかくスリルとサスペンス、フーダーニット(犯人捜し)の興味もあって面白いし、いろいろなことを考えさせてくれる映画であった。

今日は雨の降る中、午前中は栄の松坂屋本店で催されている『中日いけ花展』を観に行ってきた。友人のお豊さんがいけ花を出品しているので愛でに行ってきたのである。いやあ、以前にも書いたけれど、近頃の活け花というのは花嫁修業とか趣味の域を超えて、一種のアートだなと思う。展示場の入り口でお豊さんが送ってくれた鑑賞券を出そうとしたら、もぎりの人が「身体障害者手帳持っていますか?」と訊くので、「はい。持っていますよ」と手帳をみせると、券ももぎらずに中へ入れてくれた。券も無料なのだから別に手帳を確認しなくても良さそうなものだが、まあその人達もマニュアル通りに動いたのだろう。

そして午後からはくれよんBOXさんで催されている、たまさんの絵画展を観に行った。たまさんの絵は猫を擬人化した作品が多いが、ほのぼのとしていて眺めていると思わず頬が緩んできてしまうほど楽しい絵である。最近、こころがギスギスしている方、ほほえむ余裕を無くしている方、お薦めです!





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ピアカンビギナーズ講座

2009/05/10 12:58
一昨日の金曜日、ピアカウンセラーのビキナーズ講座を受講するため京都に行ってきた。ピアカウンセラーのピアとは仲間という意味である。同じ障がいをもった者同士が対等の時間を分けあって、いろいろな話を聞きあい、そうすることによって自己信頼の回復を図ったり、他者を丸ごと受け入れたり、自分らしく生きられるように社会を変革させてゆくひとつの手法のことだ。発祥の地はアメリカで、日本に入ってきたのは70年代の頃らしい。一般的なカウンセリングとは少し異なってはいるものの、カウンセリングのひとつの手法であることには変わりがない。

ピアカンのことは以前から知ってはいたものの、いまひとつ受講する意欲が湧いて来なかった。確かに障がいをもっていると、自己否定的になったり、様々な理由から自分の感情や想いを他者(殊に障がいのない人達に)話すことが出来ないし、自分のことしか考えられなかったりして、段々と世界が狭くなるという負のスパイラルに陥ってしまうことがある。そういう人達は日常的に障がいのない人達とあまり接する機会がないので、障がいのない人に自分の想いを話しても解ってもらえないだろうなと思っているのだろう。しかし、これもあちらこちらで書いているが、私は理解されたいと思っているのなら、まず自分から〈理解される努力〉をする必要があるのではないか? また、それは障がい者と健常者という限定された関係性だけではなく、人間関係全般に言えることではないのか…と思っているのである。

それに…いわく言い難い想いを胸に抱いたままでいるのは、何も障がい者に限ったことではないだろう。想いを口にすればそれで楽になれるかと言えば、それがそうでもない場合もある。自分の気持ちに折り合いをつけられる人もいれば、誰にもその想いを語らず胸に抱きしめたまま何十年と生きている人もいる。辛くても、苦しくても、そうして生きて行くしかない人が…。

私はいままでまちづくり人として、障がいのある人とない人との架け橋になりたいという志から様々な活動をしてきたが、それは主に障がいのある人達のことを、障がいのない人達に向けて理解してもらうためのものであった。しかし、それでは片手落ちではないかと思い至ったのだ。健常者の人達のことを、日頃から健常者と接触のない障がい者に向け、彼らは決して差別しようとか、支配しようとか思っているわけではないこと。ただ、障がいや病気に対する知識がないため、どう接してよいのか戸惑ったり、避けたりしているだけなのだ…ということを伝える作業も必要なのではないだろうか…。それが今後の私に課せられた使命(大げさに思われるかも知れないが)かな…と、ピアカンビギナーズ講座を受けながら思っていた。

せっかく京都に行ったのに、どこも観光せずに1泊しただけで昨日の朝、名古屋に戻ってきた。そしてジネンカフェVOL.027を催した。詳細はまたジネンカフェだよりにUPするので読んでみて下さい。そして宿泊したホテルから得た教訓は「いま、風の中で…」にUPするので、そちらの方もぜひ。
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イマジネーションの翼

2009/05/06 21:09
昨日から降り続いていた雨も、今日の午後になって小やみになり、幾分晴れ間も見え始めた。しかし、まだまだ油断はできない空模様であった。今日の午前中は金曜日に京都へ持ってゆく荷物をまとめたり、篠田真由美さんの新刊『桜の園』を読んでいた。篠田真由美さんの〈建築探偵・桜井京介シリーズ〉には、シリーズ第一作目『未明の家』からその作品世界が好きで番外編も含めて読んでいる。『桜の園』は「桜井京介シリーズ」の登場人物のひとり〈神代教授〉を主役にしたシリーズだ。篠田さんの〈建築探偵・桜井京介シリーズ〉には珍しい建築物が出てくるばかりではなく、プロットや登場人物の造形も深く描かれていて、主人公である探偵役の桜井京介自身も謎を秘めていて新刊が出るのが楽しみなのだが、その謎も今年1月に出た『黒影の館』で明らかになり、次に出るシリーズの新刊が最終巻となる。『桜の園』は、そのシリーズの番外編ともいえる。

昼食を食べ終わったら、空が明るくなってきた。午後からはクラシティはんだ内の市民交流センターで行われる『おでんライヴ』を覗きに行く予定でいた。『おでんライヴ』とは、〈共育ネットはんだ〉という市民団体が主催して催す中高生バンドを中心のライヴ・イベントである。中高生バンド中心とはいってもそこは『おでんライヴ』と名付けられているだけあって、結成30周年という「おじさんバンド」も出演するそうだ。

雨間を見計らってクラシティはんだに行く。エレベーターで3階の市民交流センターに上がってみると、そこには中高生たちで賑わいをみせていた。気持ちだけは若いつもりの私も、一瞬何か場違いなところに来てしまったのではないかと思ってしまったほど、中高生たちの熱気に包まれていた。その熱気に圧倒されつつも、会場のホールへと向かう。

はっきり言って私は音楽の素人で、そのバンドが上手いのかいまいちなのかよく解らないが、どの中高生バンドも一生懸命に、そして楽しそうに演奏し、歌っていた。その姿になんだか感動してしまった。現代の若者は世の中を醒めたまなざしで眺めていると言われるが、そうではなく自分が一生懸命になるものが見つからないだけなのだ。それさえ見つかれば子どもたちは生き生きと世の中を渡ってゆける…。共育ネットでは、多様な体験を通して子どもも大人も相互に育ちあうことを目的に活動している市民団体である。バンド活動もその体験のひとつなのである。

会場の熱気に少し疲れたので前半で失礼してきたのだが、その前半に登場した4組のバンドのうち2組の夢は「ビックスターになりたい!」 そして4組とも「できることなら、この先もバンド活動を続けたい」と…。共育ネット代表のMさんも言われていたが、その意気込みやよし。いまの世の中夢を見続けることは、それほど簡単なことではないかも知れない。もしかしたら実現に向けて努力はしても、夢は見果てぬ夢のまま終わるかも知れない。でも、それでもよいじゃないか! その夢の残滓がきっときみたちの人生の支えになってくれるだろう。

子どもだけではない。大人もこんなご時世だからこそ夢を持ち、イマジネーションの翼を広げよう。子どもも大人も一斉にイマジネーションの翼を広げ、空を飛べばきっと世の中は変わるだろう。もちろんただ夢想しているだけではいけないけれど…。
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思えば遠くへ来たものだ

2009/05/03 20:16
GW後半戦である。私にとっては前半戦も後半戦も関係ないのだが、先週の土曜日から5連休という人もいるだろう。今日の朝までは晴天が続いていたが、午後から雲が多くなってきた。でも、全国的に大きな崩れはないようだ。例年そうなのだが、GW中は暇である。それでも頼まれているコラムの原稿を書いたり、未読のまま部屋の片隅に積んである本を読んだりしているうちにGW前半戦は過ぎた。後半も取り立てて予定はないものの、今日は午前中に「ひょうたんカフェさん」のバザールに行き、午後から半田に戻って駅前の大股公園で催されていたフリーマーケットを冷やかしたり、紺屋海道を通って赤煉瓦倉庫〜半六邸というコースをまわって自宅に帰ってきた。6日も地元のボランティア仲間が仕掛け人をしている「おでんライブ」を覗きに行く予定。私にとってGWは「地元週間」でもあるのだ。

このGW中、我が家では兄夫婦が旧くて重いアルバムに貼られている写真を、新しく軽装な写真ファイルに入れ直すという根気のいる作業を続けている。保管しておくのに昔のアルバムでは嵩張るばかりだし、子どもたちが結婚をする時にも軽装な写真ファイルの方が渡す方も渡される方も気軽だという理由らしい。それもそうだが、我が家の歴史ともいうべきアルバム群から写真を切り取り、新しいファイルに入れ直してゆくのは膨大な労力と時間が必要だと思う。いやはや親心ってすごいものだな〜と心底感心してしまう。

そんな兄に昨日の夕飯前に呼ばれて行ってみると、整理している写真の中から、幼い頃の私の写真が見つかったのだという。私が6歳の頃に入園した施設の前庭で撮った写真らしく、まだ若い母親に抱かれてシーソーに座っている…。複雑な気持ちだった。私は過去の自分の写真を見ることは滅多にない。いや、全くないといっても良いだろう。あの頃のことは思い出したくもない。あまりよい思い出がないからだ。

当時の私は現在と比べものにならないほど痩せていた。父親が私のことを人によく「この子は20歳ぐらいまでしか生きられないんですよ…」と説明していたというが、この写真の自分をみるとその言葉がまんざら父親の勘違いでもなく、本心でそう思っていてもおかしくないと納得できるほどに痛々しい姿なのである。それがこんな歳まで生きてきた。松尾芭蕉ではないけれど、人生を旅に例えるならば、よくぞこんな遠いところまで旅をして来られたものだ。

私の旅は、これからも続いて行くことだろう。私は、一体どこまでこの旅を続けられるのだろうか? これからの旅の道中、一体どんな景色が眺められるのだろうか?  それが楽しみでもある。 
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人はわけのわからない生き物です

2009/04/27 14:52
このところ天候が不順だ。春めいて穏やかな日射しに満ちた日があるかと思えば、冬に逆戻りしてしまったかのように風が強く、寒い日々もある。今年は私の部屋のストーブを早々と片付けてしまったのだが、キッチンの石油ストーブはまだ出されている。いつもならこの季節に焚いていると暑くてすぐに消してしまうのだけれど、今年は例外である。昨日、今日とストーブを焚いていても暑くなく、ほどよい感じだ。雨も降るかと思えば〈春雨じゃ。濡れて行こう〉というような情緒とはほど遠い、南国のスコールじみた降り方をする。GW中は晴天に恵まれるようだが、あいにく私には何の予定もない。まあ、自宅に籠もって溜まっている本でも読むことにしよう。

今日の午前中、地元のクラシティはんだ内にある市民交流センターで、7月のジネンカフェのゲストの杉江徳長くんと打ち合わせをしてきたのだが、お互いに春の装いではなく、秋口のような服装であった。クラシティはんだ内の市民交流センターもカフェを運営していた〈夢ネットはんだ〉が撤退してから、いつ行ってもがらんとしていて、あの空間がもったいない感じだ。1Fのカフェも撤退してしまったから、駅前でお茶が飲めるところといえば同ビル2Fのキャラメル・キッチンだけになってしまった。しかし申し訳ないけれど、あそこはちょっと時間があるからお茶でも飲もうという雰囲気でもない。食事をするのならよいのだが…。

それはそれとして…。先日、ある人たちから私のある行動について、「常識では考えられない。大久保さんの気持ちがわからない」と言われてしまった。ある行動…なんて歯切れが悪く、意味深な表現で申し訳ないのだが、まあ、みなさんのご想像にお任せすることにして、それに対して私がどう答えたか? 「確かに常識では考えられないだろうね。でも、僕は常識だけで行動しているわけでもないし、ものの本質というものは常識を越えたところにあるような気がするんだけど…」それに対してその人達はこう言った。「そんなきれい事は聴きたくない」と…。

誤解されないように書いておくと、その後その人たちと口も利けないほどの感情的な口論をしていたわけではない。ちょっとした雑談をしていた時に出てきたやりとりである。文章で書いてしまうと、いかにも激論を交わしているように捉えられがちだけれど、実際は穏やかなものであった。その人達の言いたいことも理解できるし、私のある行動がその人達には解らないだろうことは解っていたから、そう言われたからといって、特別な感慨はない。ただ、その人達の物差しでは、私のことが測れないだけのことである。

私のみならず、人は誰もその行動についていちいち理路整然とした理由があって動いているわけではないだろう。時々人は自分でもわけのわからない衝動に駆られて行動することがある。それが人間なのだ。人とは、もともとわけのわからない生き物なのである。わけがわからないからこそ私は人が好きなのだし、面白いし、解りたいと思うのだ。その人が秘めた謎を解きたいと思うのだ。人とはミステリーでもある。

私は、自分のこともよくわからない。家族に言わせると私は気分屋で、利己主義者で、外面と内面が二重人格であるかのように異なっているらしい…。酷い言われようだが、家族ならではの鋭い視点で私自身もどうやらそういう面も持ち合わせていることは気づいている。私も人間だからイライラしたり、感情的になったり、ネガティブなものの考え方をする時もある。また、<世界なんて滅んでしまえ>的なブラックな一面も顔を覗かせることもある。ただ、努めてそういう面を表に出さないようにしていることも確かだ。私の内面をそのまま外に出すのはいくらなんでもまずいだろうと思うので、自分でフィルターをかけたり、オブラートに包んで出したりしている。私の内面は結構ドロドロで、ぐちゃぐちゃだったりするかも知れない…(笑)
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バリアフリールームが高い理由

2009/04/20 19:38
GW明けに京都で行われるピア・カウンセラーのビギナーズ講習会に参加することになった。以前からピア・カンには関心があり、機会があれば講習会を受けてみたいと思っていたが、なかなか講習会の予定とこちらの都合が折り合わず、受けられなかったのだ。今回は京都にある「自立生活センターアークスペクトラム」が主催する講習会で、5/8〜5/10日にかけて集中講座が行われるのだが、その中日である9日がジネンカフェVOL.027と重なってしまっているため、8日一日だけのコースに切り替えて講習を受けることにしたのだ。

講習会の予定は8日の午後から半日のコースで、京都〜名古屋間ならその日のうちに帰ることも可能である。しかし、どうせ翌日もジネンカフェで名古屋に出なければならないので、8日に京都で一泊して古都の夜を満喫して翌朝名古屋に戻り、その足でジネンカフェの会場のくれよんさんに赴こうかと考えた。そこで早速今日、旅行社に新幹線とホテルの予約に行き、新幹線の予約は簡単に取れたのだが…..。

もう何度書いたのか解らないのだが、行きつけの旅行社のお姉さんが「また、あなたか…」というような顔で条件にあったホテルを探してくれたけれど、車いすのまま使用できるバリアフリールームのあるホテルが少ない上に、あったとしてもべらぼうに高く、リゾートに行くわけでもないのにそんな宿泊料は出せない。以前からどうしてバリアフリールームの宿泊料金が高いのか疑問に思っていたのだが、旅行社のお姉さんとホテル側との電話でのやりとりを聞いていてその疑問が氷解した。

つまりは、こうである。ホテル業界では障がい者のひとり旅は考慮に入れていないらしく、バリアフリールーム自体障がい者と介助者のセットで使用するものとして初めからツイン料金を設定しているのだそうだ。そこをシングルユーザーが使うと、ひとりでもふたり分の料金を支払わなければならないという。

そのようなホテル側の言い分に腹が立ってきた。そんな...阿漕なことがあるか! 私はほかの都市のシティホテルやビジネスホテルに、普通のツインルームをシングルルームとして使用したことがあるけれど、シングルの料金しか取られなかった。それがどうしてバリアフリールームに泊まろうとすると、ふたり分の料金を支払わなければいけないのだろう….。旅行社のお姉さんがいうことによると、京都というまちは国際的な観光都市でもあるにも関わらず、旧いホテルが多く、新しいホテルが少ないのだそうだ。新しいホテルならバリアフリールームを設けているのだが、旧いホテルでは新しく立て替えない限り、そこまではしないという。う〜ん、まあ、そうだろうなあ。

結局私は、部屋の入り口が車いすのまま入れるスペースがあるかどうか確認して、シティホテルの普通のシングルルームを予約した。私の場合バリアフリールームではなくても、部屋の入り口さえクリアできれば、あとはなんとでもなる.。

普段でもチェアウォーカーである私がひとりで動きまわっていると、奇異な目でみられることがある。自立支援法が施行されて障がい者の社会進出は更に進んでゆくだろう。しかし、福祉の世界以外の日本の社会にはまだまだ障がいをもっている人たちは、なにもできないし、介助者が付いているのがあたりまえのように思われているのだろうなあ〜。何とも歯がゆいけれど、現状では仕方がないかなあ〜とも思う。


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雨の日のやさしさ

2009/04/16 12:23
今週の火曜日のことだ。天気予報通り久しぶりに雨が降った。最近晴天続きだったせいか、気分的に雨を待ち望んでいたのだが、それも程度問題だろう。MOMOに出勤する時には降ってはいても、それほど激しい降り方ではなかったのだが、HP更新や翌日のジネンカフェミーティングの資料作成の仕事を終えて帰る頃合いになると、雨の勢いが激しくなってきた。

雨の日に出かける時、私はGパンの上に雨合羽の下だけを履いて、上は傘だけで済ませることが多い。車いすの後ろにかけているディ・バックはビニールのごみ袋をかぶせて対応している。一応上半身を覆うポンチョ型雨具も持ってはいるのだが、あれは蒸れるのでよほど激しい雨でないかぎり着て出歩かないことにしている。以前車いすごとすっぽり覆う「車いす専用雨合羽ももっていたけれど、一度その雨合羽の裾が走っているうちに車いすの後輪に巻き込まれ、危うく首が締め付けられるところだった。それ以来、車いす用雨合羽は着ていない。

この日はそれほど雨が激しくなるとは思ってなかったので、上半身を覆うポンチョ型雨具の用意をしていなかった。しかし、午後から激しくなった雨は更に勢いを増し、それだけではなく風も強くなってきた。それでもMOMOから地下鉄の駅に向かって走っている頃はまだましだった。半田に戻った6時過ぎにはまちは台風並みの風雨にさらされていた。もうこうなってくると傘は何の役にも立たない。横殴りの雨、突風のように吹き抜ける風によって、傘をまともに差してはいられない。まるでノーガードで相手の攻撃を受け続けているボクサーみたいなものだ。そのうちに強風のせいで傘の枝が通常とは逆向きに折れ、傘の先端が上向きになってしまう。車いすを止めて逆に向いた傘の先端部分を直す。そんなことを繰り返していた。

ミツカン本社前の歩道を走っていたら、不意に「雨の日は大変だねえ」と声をかけられた。気のよさそうな私と同年代が、もう少し年上ぐらいの女性が心配そうに私を見ている。「ええ、大変です」とかなんとか答えたら、その女性が傘の柄を直してくれ、「これからどちらに行かれるの」と訊かれるので、「自宅に帰るんですよ。市役所の方へ」と答えると、「そう。それじゃあ一緒に行きましょう。私も市民病院の方に行くから…」と言って、片手で私が差している傘の先端を押さえながら、私の自宅の方に折れるところまで一緒に歩いてくれた。別れる時に「ありがとうございました」と挨拶をしたら、はにかんだような笑顔をみせて、「困っている時はお互いさまだから…」という言葉を返してくれた。雨の日に受けたやさしさである。

少し前に環境保護活動家ワンガリー・マータイさんが提唱して「もったいない」という日本語が、世界的に知られるようになった。日本語にはまだまだその精神が世界的な問題解決に繋がる言葉がある。「お互いさま」という言葉もそうであろう。その人を助けたからといって、自分が困ったときにその人から助けられるとは限らない。それでもやさしさを見知らぬ人にも与えていると、不思議なことに自分が救われることもあるし、全然別の人からやさしさを与えられることもある。この世界はまだ捨てたものではない。
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ああ、携帯が…

2009/04/09 21:38
お笑い芸人のクールポコじゃないけれど、やっちまった! 今朝のことである。午前10:00から東区社協の第二次福祉活動計画作業部会の全体会があったので、8時台前半の電車で名古屋に出た。今日は朝から初夏を思わせるような天候だったので、薄いセーターの上に下の甥からもらった古着のジャケットを着ていた。普段私は携帯電話を肩からかけているショルダーに入れているのだが、今日は魔が差したのかジャケットの胸ポケットに入れていた。

第二次福祉活動計画作業部会の会場、東区福祉会館は桜通線「高岳駅」の隣にある。駅に着いてトイレに入った。用を足そうと思って便座を上に跳ね上げた瞬間、携帯が胸ポケットから滑り落ちて便器の中に! 人間、思いもよらない出来事に遭遇すると、一瞬なにが起きたのかわからなくなるものだ。しかし、便器の水の中に沈んでいる携帯電話を見た時、頭の中が真っ白になってしまった…。正に〈やっちまった!〉という感じである。すかさず便器の中から携帯を救出したのだが、万事休す。電源が落ちている。冷や汗が出てきた…。

携帯を水の中に水没させて壊してしまう話はよく聴いていたが、まさか自分の身に起きようとは…。正直言ってかなりショックだ。携帯はおそらく修理に出せば使えるようになるだろう。しかし、中に記録されていた全データーは完全に助けられない。知りあいの中には携帯でしか繋がっていない人たちもいる…。どないしよう。

自宅に帰り、携帯電話屋に勤めている姉の長女、つまり姪に連絡をすると修理は5,000円もあれば十分だという。その点は助かった〜。しかし、80名ほどいる知りあいにデーターを送ってもらわなければならない。ああ、頭が痛い…。




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空に唄う

2009/04/08 12:44
麗かな春らしい日和が続いている。桜は盛りを過ぎて花びらをはらはらと風に舞わせているが、自宅から最寄り駅まで行く途中にある花屋さんの店先にも色とりどりの花が並べられるようになった。我が家にもささやかな裏庭があるけれど、鉢植えに植えられたスミレや勿忘草などが今が盛りと咲いている。春たけなわである。

しかし…。春の空ってどうしてこんなにも悲しいのだろう…。あまりにも明るい上に穏やかすぎる空を見上げていると、なんだかこちらが辛くなってくる。悲しければ「悲しい!」と叫んで泣けば良い。嬉しければ、「嬉しい!」と叫んで笑えばよい。怒りを感じているのなら怒りの表情をみせればよい。それができないんだなあ。春の空には…。一層凶暴な光と熱とに満ちあふれた夏空か、どこまでも澄み高く孤高の存在であるかのような秋空か、天空と地上とのあわいから聴こえてくる痛々しいほどの祈りの声にも似た風が吹きすさぶ冬の空の方がよい。

さて、久しぶりに本の話題を書こうと思う。最近読んだ本の中で、とても印象に残る小説があった。白岩玄さんの『空に唄う』。主人公の海生は、自宅の寺で祖父の手伝いをしている心優しい青年僧である。ある日、自分と同じ年齢の女性の通夜に祖父と招かれる。その通夜の最中に、海生は亡くなった筈の女性の姿を見かける。その姿はどうやら海生にしか見えないらしい。それからその女性は度々海生の前に現れるようになる。はじめのうちはその女性の幽霊を恐れていた海生だが、徐々に恋情にも似た感情が芽生え始め、その女性・碕沢さんもこの世との唯一の接点である海生を頼り、ふたりの心の交情は深まってゆくのだが…。

幽明界を異にした男女の交感を描いた作品は数々あるけれど、『牡丹灯篭』のようにドロドロしていないし、『高野聖』のような妖しさも感じない分、ふたりのなりゆきがもどかしく、せつない。碕沢さんは死んで迷っているわけでもなく、いわゆる中有(仏教では、人は亡くなった後も49日の間魂としてこの世に留まると云われている)の状態にいるという設定なのだが、ということは49日間が経てば彼岸へと旅立って行ってしまうわけで…。最後の数日間、海生は碕沢さんの頼みを聞き入れて彼女にお経を教えるのだが、それによって海生にこれ以上の迷惑をかけないようにこの世から旅立とうとしている碕沢さんの気持ちもせつないが、自分の読経によって彼岸に旅立って行った碕沢さんにそれとは知らず携帯メールを送る海生の行動もせつない。ただ、この物語をせつないだけの物語にしていないのがふたり以外の登場人物の存在だ。海生の家族たちにしろ、友人の桜井、女友達の凜ちゃん、檀家の家の幼稚園児の早紀ちゃん…。誰もが善人であり、愚直だが心優しい海生を愛してる…。そして、その誰もがさりげなく優しい。

いやあ、でも、久しぶりに「物語っていいなあ」と思わせてくれる小説であった。






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