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大久保康雄〜風の記憶
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私にとって「風」とは人であり、場所(空間)であり、出来事でもあり、外側から自分のこころを揺さぶり、動かすものすべての詩的表現です。これはそれらの記録でもあり、記憶でもあります。また、私がそれらのものから受けた印象や思いを記した雑記帳のようなものです。お時間がありましたら、どうぞごゆっくり私のひとりごとにおつきあいください。
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シンクロニシティ?

2009/11/08 10:59
この前の記事で11月に入り寒くなってきたのでストーブを出した話を書いたけれど、あれから暖かい日が続いている。何でも10月中旬の気候なのだとか…。う〜ん、寒くなったり暖かくなったり、全く忙しい。体が弱っている人など体調を維持するのに大変だろう。

6日の午前中、地元H小学校の『福祉ふれあい会』に行ってきた。H小学校では毎年5年生で福祉の学習をしていて、実践教室は10月末に済ませているが、地域に住む障がいをもった人たちともう少しふれあおうという趣旨の授業である。今回は車いす組は毎度お馴染みの私やSくんに加えて、大先輩のOさんに、交通事故の後遺症により障がいを負ってしまった若いHくんの4名。それぞれもちネタがあるが、私は無芸なのでトイレの100ワットのような明るさと喋りで勝負とばかりに、例によってパワポを使って私の生い立ちから暮らしぶり、活動、趣味、夢、そういったあたりを30分ほど話した。子どもたちからの質問に答えて、休憩時間を挟んでミニ車いす体験をした。H小学校には空き教室を利用した半田市市民参画センターがあり、中で車いすを回転させることが出来ない使いにくい車いす用トイレもあるのだが、同じ校舎内にいながらも子どもたちがその存在をあまり知らないというので、二階の教室からエレベーター
を使って一階に下り、その車いす用トイレを見学してこようということになった。

実践教室で車いすの扱い方、操作の方法を学んだばかりなので、ミニ車いす体験はスムーズに行った。車いすトイレの存在を男の子は知らず、女の子は知っていたということに関して不思議に思っていたが、行ってみてなるほど…と納得した。車いす用トイレは男子用トイレにはなく、女子用トイレの一番奥にあるのだ。う〜ん、ないよりはあった方がよいけれど、これでは男性は入りにくいだろう。しかも個室が狭くて中で車いすを回転することが難しいとあっては、ドアを開けたままで用を足さなければならないということになる…。これは学校教育課にTさんが配属される前に造られたものだから仕方がないとはいえ、一言人まちアドバイザーに相談があってもよかったのに…。行政の横の連携の悪さはいまに始まった話ではないけれど、せっかくバリアフリーをつくるのなら使えるものにしてほしいものだ。

車いすトイレの見学から戻ってきて、今度は子どもたちからの出し物があった。それがなんと紙芝居とリコーダーの演奏! 最近、私とコンビを組むことが多いMさんも驚いていたが、私がしている活動と趣味とぴったり合致している。子どもたちに私が紙芝居の活動をしていることを知っていたのかと訊いたら、知らなかった…という答え。子どもたちも偶然の一致に驚いているようだった。

7日の土曜日は、午後からくれよんさんでジネンカフェVOL.033を催した。近頃、参加者の人数に陰りがみえていたが、今回はいろいろと活動されているゲストさんだったので、久しぶりに活気があってよかった。昨日の様子は、またジネンカフェだよりにUPするので、そちらをご覧下さい。

来月12月5日のゲストは、まちの縁側MOMO主宰の延藤節子さんである。どうぞお楽しみに!
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文化の違いを音楽を通して知った日

2009/11/04 11:08
11月に入って、風が冷たく肌寒くなってきた。私の家も早々にストーブのお目見えである。いままで私の部屋は石油ファンヒーターを使っていたのだが、家族も段々高齢になってきて、灯油を給油する度に重いタンクを私の部屋(二階)まで運ぶのが大変だからということで、今年から二、三年ほど前から出回っている遠赤外線温熱ストーブを買ってきてもらい、早速使っている。電気代はかかるけれど、私はあまり家にいないのだから、使うのは朝と夜と休みの日だけなので、まあよいだろう。

昨日の文化の日は、毎年東区で催されている『歩こう! 文化のみち』に行ってきた。とはいうものの、観に行ったのはMOMOで催されていた企画のみではあるが…。今年のMOMOのテーマは、モンゴル! 東区のお役人さんの中には、どうして東区の文化のみちとモンゴルが繋がるのかという声もあったらしいが、まあ、硬いことは言いなさんな。文化のみちとモンゴルはどうなのか知らないが、日本とモンゴルとは昔から深い繋がりがある。日本の国技である相撲の起源はモンゴル相撲から来ているし、人類学的にみても日本人の先祖の多くはモンゴロイド系なのである。日本とモンゴルとはいわば親戚関係にあるのだ。

モンゴルといえば〈ゲル〉である。MOMOのお隣にあるどんぐりひろばに、大阪のNPOから本物のゲルを運んできて組み立てられた。私も一応物書きの端くれであるから、ゲルには興味があったし、モンゴル料理やモンゴルティーにも関心があったのだが、私が行った時にはものすごい人出で、とてもゲルまで近づけない。また入り口も狭い感じで、近づけたとしても中には入れそうにない。モンゴル料理も人がももぐっていて、MOMOスタッフも忙しそうにしていたから頼めず、オープニングセレモニーに続いて披露されたモンゴルの歌と踊りと馬頭琴の演奏を聴くと、寒いのでMOMOの中に入ったのはよいが、MOMOの中にも私の居場所がなく早々に切り上げてきた。それでもまあ、大病を患っていた育くみ隊顧問の南部美智代さんと久しぶりに立ち話が出来たし、モンゴルの音楽を聴いて、それをこの春に聴いたインド音楽と比べて、国境を接しているだけのインドとモンゴルの音楽の違いに、それぞれの文化や歴史に想いをはせることができたのだからよしとしよう。

インド音楽に比べてモンゴル音楽にはリズムやテンポがある。ステージの司会をしていたAさんが日本の民謡に例えていたが、そんな感じである。目を瞑って聴いているとモンゴルのそれは脳裏に大草原のイメージが浮かび、インド音楽のそれは生も死も飲み込んで蕩々と流れるガンジス河をイメージさせられる。言ってみればインドの音楽は〈祈りの音楽〉モンゴルのそれは〈望みの音楽〉と言えるのではないだろうか…?

MOMOを後にして栄に向かった。何か目的があったわけではない。どこかで昼食を摂ろうと思ってのことである。昼食を終えてせっかく栄にいるのだから…と、矢場町に新規オープンしたユニクロへ行ってみることにした。普段はいているジーパンの膝が破れてきていたので一着購入してもいいなと思っていた。噂には聴いていたが、売り場面積が広い! ビルの4階までユニクロが占めている。品揃えも豊富でカジュアルからフォーマルまでありそうな感じである。店員の対応もなかなかよい。しかし、一番驚いたのはこの栄店が24時間営業だということだ。おいおい、そこまでやるかよ〜という感じである。夜は眠ろう〜よ。

ジーンズの裾直しが一時間かかると言われたので、その間に前々から行きたかったロフト地下のジュントク堂書店へ。中部地区最大級の売り場面積が売り物のこのロフト店は、なるほど書店というより図書館という雰囲気で店の中は背の高い本棚で埋め尽くされていた。一般書籍から専門書、雑誌、絵本、どんなジャンルでも揃っている。以前にも書いたけれど、私は書店でなら何時間でも時間がつぶせる人である。一時間ぐらいわけはない。結局書店では何も買わずに出てきたのだけれど…。 



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豊かさの幻想が生む弊害

2009/11/01 11:16
ここのところ晩秋とは思えないぐらいに暖かい。私のようなあちらこちら動きまわっている人間にとっては、肌寒いより暖かい方が動きやすいが、あまりにも季節外れに暖かいとぐらりと大地でも揺れるのではないかと心配になる。先週も走りまわっていた。27日は午前中、ジネンカフェ拡大版の件で確認したいことがあったので名古屋市社協に行く。ちょうど私もボランティアで編集に関わっている『ふれあいなごや』が出来たというので、15部ほど貰ってくる。またまた黒川のミスドで休憩。我ながらカフェイン中毒だなあ〜と思う。午後からMOMOに出勤。

28日は午前中、頸椎の定期診察のために名古屋市総合リハセンに行く。偶然、同級生のHに会う。そう言えば前回リハセンに行った時にも、同じく同級生のKに会った。HやKも学生時代から私が市民活動に関わるようになるまで親しくしていた友人でもある。あの頃、その友人たちと何時間でも話していても飽きなかった。しかし、いまはお互いの近況を伝えあったり、「最近○○と会っているか?」などと云った共通の友人の話題が過ぎると、もう話が続かなくなってしまう…。間が持たず無理に話を続けようと思うと、あのときはああだったとかこうだったとか、そういう昔話になってしまうだろう。私はその手の話題は苦手なのだ。私が同窓会とかクラス会とかに出席したくない理由はここにある。頸椎の診察を終えて午後からMOMOに出勤し、15:00頃に拡大版のチラシの打ち合わせのため、くれよんさんに行く。

30日は午後から名古屋に出て、名古屋大学へ行く。拡大版のパネリストのひとり、坂野尚美先生と打ち合わせるためである。現在は独立学校法人になっているが、ちょっと昔は国立大学だった名大には私はもちろんいままで一度も足を踏み入れたことはない。こんな時でもない限り、名大なんて入ることもないだろう。坂道が多い千種区の丘陵地に建てられているので、昔はさぞや交通の便が悪いところだったのだろうが、現在は地下鉄の駅があり、エレベーターもつけられている。しかし…。大学内に入るのが大変であった。構内への入り口がよく公園などの出入り口に設けてあるようなUの字型をした鉄パイプが互い違いに設けられていて、人が通るスペースしかないのである。どうしようと思い、坂野先生に電話をしたら迎えの人が来てくれて、その互い違いの鉄パイプを何とかクリアしてやっと名大の構内に潜入することが出来た。

坂野先生との打ち合わせは、面白いものだった。さすがに社会学者で心理カウンセラーだけあって、「現代」を見つめる視点がユニークだ。拒食症や過食症とコンビニの関係とか、統合失調症と日照時間の関係とか、どうして現代は心を病む人や、それが高じて自殺する人が多いのか…。統計的にみると北国の方の人より南国の人たちの方がうつになる率が低いとか、うつにかかるのには個人因子もあるけれど、社会的因子もあるとか、いろいろと興味深いお話を伺うことが出来た。

いちいち頷けることで、特に「現代は物質的、金銭的に豊かでないと不幸であるといったような錯覚が社会の中にあるのではないか…」という指摘には、我が意を得たり…という気持ちだった。そこら辺の社会風刺は、私も『ムゲンの樹、水のない海』に書いている。

物質的に豊かになること=幸せに暮らせることとは限らないだろう。確かに生活してゆくためには多少のお金は必要だけれど、実は幸せの定義なんて人それぞれにあってよいのだ。それなのに人は誰もが一応に豊かさを求めて邁進する…。人と比べて「あの人よりも私は貧乏だから不幸だ」とか思ったりする。自分の人生をただ生きればよいのだ。豊かさ=幸せという幻想に惑わされてはいけない。
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やさしさや美しさの中には…

2009/10/24 15:02
今週もいろいろなことがあった。19日の夕方に季節型インフルエンザの予防接種に行ってきた。これだけ新型インフルエンザが流行している中、果たして季節型インフルエンザの予防接種の必要性がどれほどのものなのか分からないけれど、新型の方のワクチンがいつ接種可能になるのかわからない状況では、季節型も予防するに越したことはないだろう。

20日は午前中、ジネンカフェ拡大版開催に必要な書類にE先生の代表印が必要で、印鑑を押してもらいに錦二丁目まちの会所へ行った。久しぶりにWくんと会い、立ち話をする。新しく出来たパスタとピザのお店でNちゃんとランチを取り、午後からMOMOに出勤。21日は午後から年に一度の健康診断を受けに行った。昨年は肺のレントゲンに影があり大騒ぎしたが、今年はどうであろう? 22日午前中、拡大版にお招きするパネリストのひとり、NPO法人共育ネットはんだ代表の水野尚美さんとクラシティはんだで打ち合わせ。午後からMOMOに出勤し、やはりパネリストのひとり、名大の坂野尚美先生の研究室に電話をし、打ち合わせの日程を決める。じゃんぐるじむの竹内由美子さんとは、11/21(土)にくれよんさんで打ち合わせをする予定。

さて、久しぶりに本の話題を書こうかと思う。現在、牛山剛著『夏がくれば思い出すー評伝・中田喜直』を読んでいる。中田喜直さんと言えば、日本人であれば誰もが一度は耳にしたことのあるだろう『ちいさい秋みつけた』『夏の思い出』『雪の降る街を」』などの童謡や叙情歌の作曲者として知られている。また、元・安全地帯の玉置浩二さんなど、影響を受けた人も多い。中田喜直さんの作ったメロディは、やさしい上に心の中にしみこんでくるかのような美しさに溢れている。「日本のシューベルト」とも云われているようだ。中田さんが一番影響を受けた作曲家がショパンであり、シューベルトだというから、なるほど…と納得である。

中田喜直さんは、そのやさしくて美しい曲調の作品群とは異なって、合理主義者できっぱりした気性の人だったらしい。音楽のことに限らず、政治的な発言や、嫌煙運動や死刑廃止論に対する反対意見など、歯に衣着せない言葉を放ったり、新聞の投書欄にも投書したという。作品のイメージと作者の実態とのギャップがあった人なのだろう。音楽にも妥協を許さない人で、童謡も叙情歌も聴く側、子どもにおもねるのではなく、純粋に歌詞から受けたイメージをそのままメロディにしていったそうだ。また、自分の兄弟や仲間が作った曲であっても、つまらないものにははっきりとそのような意思表示をしたという。それも童謡や叙情歌の質を高めるためだった。なにやらすごい人である。そうなのだ。やさしく美しい作品を創る人の心中には、激しさや厳しさが息づき隠れているのである。

しかし、考えてみればショパンやシューベルトに限らず、モーツアルトにしてもチャイコフスキーにしても、美しい曲を書いたクラシックの音楽家たちは、決して常人には理解できない個性的な人生を送っている。ショパンのピアノ曲があれほど甘美なのは、生命を削りながらも己の恋愛や故郷ポーランドへの想いを作品化して行ったからだろう。芸術作品とは、あまりにも個人的な体験から生まれる、その人に固有の表現の形なのだ。








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ちょっと大変だった二日間

2009/10/18 19:57
この土日はちょっと大変な二日間であった。昨日は夕方からくれよんさんの毎年恒例のくれよん祭りに参加するために、お昼過ぎに名古屋行きの電車に乗った。ところがである。河和線の太田川駅に差しかかったところ、何の案内もなく電車が停止した。乗客の反応はまちまち。〈どうしたのか?〉と訝しがるもの、我関せずと居眠りを続けている人、不安げにきょときょとと周りを見回す人…。やがて車内放送があり、太田川駅の一駅名古屋寄りの駅で人身事故があって、電車の運行を見合わせている。この列車はこの駅から折り返し車庫に入るので、電車から降りてほしい…という。内心またか…と思う。まあ、週に2〜3日、名古屋まで通っていれば、こんな経験は何度かある。最近、本当に人身事故で電車が立ち往生することが多いように思う。

人身事故のすべてが自殺とは限らない。中には誤って線路に転落してそこに電車が…というような事故のケースもあるだろう。しかし電車の人身事故に限らず、自殺者がここ10年連続して三万人を越えているという、日本社会の現状はやはり異常だと思う。また、自殺まで行かなくても、10名に1人の割合で何らかの精神的なトラブルを抱えている人たちがいるという現実も、やはり異常だと思う。

何らかの理由で電車が運行停止になった時、チェアウォーカーは大変なのである。駅員さんや車掌さんはそちらの対応に追われているので、一介の乗客まで手が回らない。太田川駅は改築されて嵩上げもされたとはいえ、電車とホームとの間が全くフラットかと言えばそうでもないのだ。しかし駅員も車掌も来ないから自力で乗り降りするしかないのである。それでも降りる時は後ろ向きで降りれば降りられる。だが、電車に乗る時は…。幸い、今回は親切な乗客に手伝ってもらい、40分ぐらい待って走り出した電車に乗って無事に名古屋へと向かった。くれよん祭りを楽しみ、ほろ酔い加減で自宅に戻ったのが22:40分であった。

今日は今日とて黒川で『きた福祉フェスティバル』があり、準備のために7時台後半の電車に乗って名古屋に出た。しかし、今回の公演メンバーが昨日くれよん祭りや飲み会があったメンバーばかりで、一日はキツイということで午前中と午後からと分かれて公演をすることになった。一日中いたのは私と風邪からの病み上がりのOさんであった。
私は昔土日のイベントのためにブース準備も含めて三日間、名古屋に通ったことがあったが、その頃はまだ若かったから無理が出来たが、いまそれをやれと云われたら…。しかし、先日のジネンカフェで「大久保康雄はどうしてそんなに元気なのか?}」というような質問が出されたが、自分でも分からない。おそらくひとつひとつの活動を楽しんで関わっているから、元気に飛び回ることが出来ているのだろう。逆に言えば自分が楽しくないと思うことには関わらないということだ。人はそれを我が儘だというだろうか? しかし、活動とは本来そうしたものだろう。

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今後のスケジュールが怖い

2009/10/15 10:35
今週のスケジュールは、はっきり言って滅茶苦茶である。長者町で布絵ワークショップに参加した翌日、13日の火曜日は午前中に地元Y小学校の福祉実践教室があり、肢体不自由者理解と車いす体験に行ってきた。私は最近子どもたちの福祉実践教室に関わること自体が少なくなっているが、久しぶりに子どもたちの前に立っても以前の
ように緊張することがなくなった。いまの私は絶えず誰かと打ち合わせていたり、ミーティングの進行役をしたり、まちづくりの会議に出たり、MOMOでスタッフやご近所の若いお母さんや子どもたちと接しているので、人前で喋ることに慣れてしまっているのだろう。慣れとは恐ろしいものだ。しかし、考えてみれば〈喋る〉のは、大久保家の血筋である。亡父もそうだったし、兄も、NPOの代表を務めている上の甥も、姪も、兄嫁もよく喋る。その反動か下の甥は寡黙な男である。母は普通。Y小学校の福祉実践教室が終わってから、その足でMOMOに出勤しようかと思っていたが、さすがに疲れていたので自宅で仕事をすることにした。

14日の水曜日は、午前中ジネンカフェのミーティングがあったので、早朝から名古屋に出た。ミーティングでは最早来年の2月に催す拡大版についての議題を討議する。自分で企画しておいてこんなことを言うのもなんだが、今回は準備がちょっと大変かも知れない。というよりも今後5名のパネラーたちと打ち合わせをしてゆくわけだが、お忙しい方ばかりなので一堂に会して…ということが不可能な状況である。私がひとりずつアポを取り、打ち合わせをすることになるのだが、そのスケジュールを考えるとなんだか怖いものがある…。

14日の午後からMOMOに出勤し、HPのリニューアル作業を進める。リニューアル作業ももう先が見えてきた。今月中には新しい〈といっても、それほど変わってはいないけれど…〉HPを更新出来るだろう。MOMOからの帰り道、筒井の交差点を渡っていたら、バイクに乗った兄ちゃんから「大久保さん」と呼びかけられた。ふと見ると、なんだ、どんちゃんじゃないか。そういえばMOMOの近くにある金城教会の修復工事をしているとか言っていた。仕事の帰りなのだろう。

今日は母親が病院に行くので、留守番である。明日は地元のひとにやさしいまちづくりのステッカー調査。土曜日は夕方から、くれよんさんの恒例のくれよん祭りに参加して、18日の日曜日は名古屋市の黒川で「きた福祉フェスティバル」があり、風穴一座もエントリーしているので、またもや早朝から名古屋に出かける。

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久しぶりのまちタンケンワークショップ

2009/10/12 22:22
台風からこちら、爽やかな秋日和が続いている。先週末の土曜日から体育の日の今日にかけて三連休の人が多いだろう。私はといえば、人が休んでいる時こそ活動時とばかり、土曜日と今日と名古屋に出かけた。10日の土曜日はジネンカフェ。今回のゲストは二度目の登場の私であった。しかし、会場と開始時間が新型インフルエンザのせいで急遽変更になったためか、参加者が少なかった。最近ずっと参加者の低迷が続いている。これはなんらかの手を打たねばならないだろう。10日のジネンカフェでは、私が進行役兼ゲスト兼まとめを行った。私に変わる誰かを育てないといけないとは分かってはいるものの、それだけの時間がない。しかし、私に何かあればジネンカフェがまわらなくなってしまう危険性もある。当分は大丈夫だろうけれど…。私の話のまとめは、ジネンカフェだよりにUPしてあるので、ご興味のある人はhttp://blog.goo.ne.jp/jinencafe/をご覧下さい。

体育の日の今日は、錦二丁目子どもまちタンケン&布絵ワークショップに参加してきた。来年、愛知県ではふたつのイベントが賑々しく行われる。COP10と、あいちトリエンナーレである。COP10は、国際的な生物多様性会議であり、あいちトリエンナーレは、現代芸術の祭典である。今年はそのトリエンナーレのプレイベントを行っているのだが、その長者町プロジェクトを育くみ隊が委託を受けているのだ。今日の布絵ワークショップもそのプレイベントの一環として行われた。

錦二丁目長者町は、名古屋駅と栄という名古屋を代表する繁華街に挟まれた谷間のようなところである。かつては繊維問屋街として栄えていたのだが、繊維業界が斜陽化してゆくにつれて、長者町も元気をなくして行った。毎年11月の半ばに「えびす祭り」が行われるが、この時だけ一般のお客さんも廉価な洋服やグッズが買えるので賑わうのだが、普段は休日ともなると人通りも少なく、シャッターを下ろしているお店も多い。しかし、近年若い店主を中心にこのままではいけないという危機意識が高まり、ここ一、二年の間でオシャレな食べ物屋さんやコンビニやカフェなどが増えてきている。また大学の建築系の学生さんたちがまちの未来図の提案をしたり、いまやワクワクするような、面白スポットに変貌しつつある。そんなまちを、子どもたちと一緒にタンケンをして、こんなまちになればいいなというそれぞれの想いを布絵にしたのである。私がどうしてもいけない建物の二階の展示物や、その模様については一緒のグループの子どもたちが報告してくれた。

私が一番印象に残ったのは、近代的なビルとビルとの間に挟まるようにぽつんと建っている「福生院」というお寺さんである。このお寺さんには多様なる仏様や神様が渾然と同居していらっしゃるのである。弘法太子もいらっしゃれば、歓喜天もいらっしゃる。十二支の仏様がいらっしゃれば、お地蔵様も稲荷神も縁結びの神様まで。まか不思議なパワーに満ちたお寺である。まか不思議スポットは他にもあった。昼間は雑貨屋さんだが、夜になるとライブハウスになって黒髪の店員さんが金髪のお兄さんに変身する店があった。その他、あいちトリエンナーレの会場に選定されただけあって、まちのあちらこちらにアーティストの作品が展示されている。
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アートがまちに飛び出した感じなのである。

布絵ワークショップも始めてみると面白くて、子どもだけではなく大人も真剣になって布をハサミで切って、ボンドでベタペタと貼り付けて行った。私がいたグループの作品はこれである。
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福生院の門が昼と夜のまちを繋ぎ、その中から様々なものが飛び出している。その心は福生院の多様なる神や仏に準えて、多様なる属性に関わりなく、誰もがここに来て楽しめるまちになるといいな…という想いが込められているのだ。

いやあ、久しぶりにまちタンケンワークショップに参加したが、楽しかった〜。

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緊急に次ぐ緊急

2009/10/09 15:37
台風一過の爽やかな青空が広がっている。台風18号は伊勢湾台風と同じようなコースを辿り、日本列島を銃弾して行った。私が住んでいる地域は、半田でも海や半田運河にも近く、土地も低いので伊勢湾台風の時には甚大な被害を出したところだ。いまは下水処理場のポンプも新しくなり、昔に比べて滅多に浸水しなくなった。しかし、今回の台風はいつものそれとは異なり、ここ10年で最大規模の台風だということで、これも伊勢湾台風の時以来、緊急避難することになった。

兄は家族がバラバラiになり、情報が途絶えることを恐れて私と母に親戚の家に避難するように指示をしていたが、親戚の家では車いすが使えず、また親戚も私に気を使って返って疲れさせてしまうことになるので、親戚の家には母だけが避難することにして、私は昨年知多半田駅前に建てられたシティーホテルのユニバーサルルームに泊まることにした。せっかく市内にユニバーサルルームを備えたホテルが建ったのに、泊まる機会がなかったのでよい機会だと思った。

そのユニバーサルルームは、部屋自体はなるほど広かった。部屋のドア幅も広い。サニタリールームへの扉も三枚引き戸になっており、バスタブも高齢者対応のもので手すりも完備されていた。しかし、シャワーの位置が高くバスタブも狭い感じだった。部屋自体のベットとベットの間隔tが狭く、もし介助者と一緒に宿泊するとなると困惑することになるだろうなと思った。
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緊急事態というものは重なるものだろうか? 明日ジネンカフェを行う予定をしていた緑区のかたひらかたろうさんの学区の学校で新型インフルエンザが発生。様々なことを考慮に入れて打ち合わせた結果、今回はいつものくれよんBOXさんで催すことになった。ゲストは、そのまま私である。ただ、時間が午前中から午後に変更になった。場所は変わっても私の話は変わらない。参加希望の方はお間違えのないよう、ご注意ください。
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やっと峠を越えました

2009/10/02 20:17
風邪を引いて約二週間、咳もようやく峠を越えたようだ。この一週間、病み上がりの身には少々キツイものがあったかも知れない。先週末の予定をすべてキャンセルして静養に努めたが、私の咳はそれぐらいで治まるような輩ではなかったのだ。しかし、一旦は治まったかのようにみえていたのだ。

火曜日にMOMOへ出勤して、HPの更新とリニューアル作業を進める。一応マスクはしていたが、咳は出るかと思えば発作的に出ていた。出ない時には全く出ない。一体どうなっているんだろう? 私の体は。家族に言わせると私がチェアウォーカーで、あまり歩いていないから肺活量も弱く、肺も気管支も鍛えられていないのでちょっとした気温の変化や、疲れによって呼吸器に負荷がかかり、咳を出させるのではないかという。それも一理あるかなとは思うが、チェアウォーカーである以上は歩けないわけだから、肺や気管支を鍛えようがない。難儀な話だ…。

明けて水曜日は、今月の18日に黒川で催される『きた福祉フェスティバル』の実行委員会があり、朝早くから名古屋に出た。実行委員会が早めに終わったので、黒川のミスドに入り、お茶で一服する。これは風穴一座の座長としてのお仕事。午後からMOMOに出勤し、HPリニューアル作業の続きを行ったり、理事会に報告するジネンカフェの資料を作成する。夜は理事会に出席した。これはまちの縁側育くみ隊理事としての務め。理事会は夜の帰りが結構遅くなる。よほど病み上がりだから委任状を出して欠席しようかとも考えたが、咳が出るほかにはこれといった症状がなかったので出席することにした。しかし、案の定自宅に戻ったのが23:00過ぎで、それから入浴して結局布団の中に入ったのが24:30頃であった。

翌日の木曜日も、11月のジネンカフェのゲストさんとの打ち合わせがあり、午後から名古屋に出た。11月のゲストは、高齢者や障がいのある人たちにPCを教える仕事をしてみえる〈ショーネット〉の河島正幸さん。えっ、10月のゲストは誰かって? 10月のゲストは二度目の登場の私である。10月はいつものくれよんBOXさんではなく、緑区のかたひらかたろうさんで時間も10:00〜12:00にかけて行う。それまでに体調を万全にしておかなくては…。

ということで、今週末も自宅謹慎していよう!(笑)

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久しぶりに寝込んでいました

2009/09/23 12:31
気がついてみると、九月もあと一週間で終わりである。私はいつも見逃していて、おそらく今年もそうなるだろうけれど、今や地元半田市岩滑地区の矢勝川の土手に植えられた200万本もの彼岸花が満開になっているだそうだ。

このシルバーウィークの連休中、私は風邪を引き、38度の高熱を出して珍しく寝込んでいた。先週の土曜日に名古屋に出かけ、帰宅して入浴してから、どことなく体が気だるいのに気がついた。体温計で熱を計ったら38度もあるではないか! こ、こ、これは…。話題の新型インフルエンザか? と思い、一晩様子を見て、翌日の日曜日に市民病院の緊急外来に行った。検査の結果、どうやらただの風邪らしいと分かり、ほっとした。風邪だと分かってほっとしたという表現はおかしいが、本音のところである。まあ、単なる風邪なら処方された薬を飲んで安静にしていれば、二、三日で快復するだろう。

その読みはあたった。体温が37〜8度を行ったり来たりしていた月曜日までは、家族に言わせると「こんなに弱っているおまえを見るのも久しぶり」というぐらいに元気がなく、何を食べても美味しくなかった。しかし、体温が平熱に下がってきた昨日辺りから、こうして起きていても平気になった。食欲も普通の状態に戻った。ただ、やはり咳が未だに止まらない。いや、正確に言えば痰が切れないので咳が出てしまうのである。咳だけを止めるなら、いつも主治医から処方してもらっている痰を切る薬と、咳を止める薬の組み合わせの方がよく効くと思うが、先ずは風邪を退治しないことにはお話にもならない。

この連休中には何の予定も入っていなかったのでよかったのだが、この週末は予定が詰まっている…。好事魔多しとはこのことだろう…。
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はあ〜

2009/09/16 22:08
表題の「はあ〜」とは、ため息である。昔懐かしいザ・ピーナッツ、そして少し前のNHK朝の連ドラでマナカナちゃんが歌っていた♪ため息が出るような、あなたのくちづけ♪のような艶ぽっい話ではない。今日MOMOから帰ってきて、自宅のPCのメールチェックをしたら、東区社協の職員さんからMOMOで私が使用しているアドレス充てメールが転送されてきていた。

それは不思議なことではない。私はNPOで使用しているアドレスに送られてくるメールを、自宅にも転送されるように設定しておいてあるのだ。東区社協職員さんからのそのメールの内容は、昨年一年間かけて東区の福祉活動計画を討議作成してきて、今年からはその計画に即した活動が始まる。その活動をするために〈みんつく〉なる活動部隊を組織するので、大久保さんもぜひ参加してもらえないだろうか…? というお誘いであった。正直なところを言えば、東区の福祉のために懸命に動いている職員さんには申し訳ないけれど、これ以上関わりたくないというのが本音である。こういってしまうと身も蓋もなくなってしまうのだけれど、いまでも会議やら打ち合わせやらいろいろな活動でバタバタしているのだ。これ以上活動が増えることは、かなり無理をしてしまうということでもあり、いましている活動を中途半端にしてしまうようで嫌なのだ。

それに東区社協の福祉活動計画には、計画段階から違和感を感じていた。私は東区に住んでいるわけではないから、東区の福祉の現状がまるで解らない。ボランティア団体にしても、どんな団体さんがいるのか全く知らないのである。それならどうして福祉活動計画の策定委員に応募したのかといえば、ひとつにはここ6年ほど東区に通っていて、チェアウォーカーとして気づいた点が幾つかある。そのまちの課題をまちづくりの視点から何らかの提案が出来ればいいな…と思っていたことと、ジネンカフェと東区社協がコラボできれば…と考えてのことであったのだ。しかし、東区社協の職員さんたちは、他の法人がしている活動にはあまり関心がないようで、チラシはおかしてくれるものの、そのコンセプトにも内容にも興味を示そうとしない。まあ、育くみ隊は純粋な福祉系のNPOではないし、社協という組織は行政と同じような動き方をしている法人なので仕方がない面もあるのだが…。

ということで、〈みんつく〉への参加要請は断ろうと思っている。



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■タイトル:協働と参加の地域福祉計画-福祉コミュニテ■著者:牧里毎治■出版社:ミネルヴァ書房■ISB

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新たなる企画

2009/09/11 20:56
三日前あたりから、日中でも涼しさを感じられるようになってきた。夜になるとどこからともなく虫のすだく声が聞こえてくる。今年は晩夏の情緒を味わうことなく、秋がきてしまった感じである。まあ、厳しい残暑に悩まされるよりはましだけれど…。そう言えば今年の夏は、首に汗疹が出来なかった。ビールやクーラーの売り上げや、電力の消費量も例年より下回ったとか…。個人的には涼しい夏は大歓迎だけれど、社会的には夏はやはり暑い方がよいのだろう。

先の記事にちらっとお伝えしたジネンカフェ〜カレーなる晩餐会Part2〜は、大好評だった。今年は昨年の反省を生かしてカレーを30食強、ターメリックライスを三升炊いたのだが、完売してしまった…。今年は企画の大半をMOMOの隣にあるどんぐりひろばにて行ったので、参加者もスタッフも伸び伸びすることができた。参加者も始まった頃にはまばらだったが、いつのまにやら人が増えていて、MOMOで行った夜の部では30名もの参加者が集まってくれた。

今年の企画はどれもよかった…という評判だ。加藤昌平くんのマジックショーに始まり、
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加藤たけしさんのギターの弾き語りは、
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大人も子どもも楽しんだ。さつきさんとサラダを作ろう!のコーナーでは、子どもたちが喜々としてサラダづくりを楽しんでいたのが印象的だった。
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そしてディナータイム! 夕風吹くどんぐりひろばで食べる4種類のカレーの美味しかったこと。私は一種類のカレーしか食べなかったけれど、三種類のカレーをおかわりした猛者がいた。
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夜の部の2つの企画も、これぞジネンカフェ!と思わせるようなもので、先日のミーティングの席上、あれをこのまま独り占めするのはもったいないという話が出た。機会があればスタッフが出向いて、出張ジネンカフェのような形で行うのもよいかも知れないとか、私の『ムゲンの樹、水のない海』にしても、アニメにすればよいとか、電子紙芝居のようなものを作成して、朗読担当のMちゃんがいなくても、私が出向いてPCを操作すればみられるようにすればいいとか、いろいろな案が出された。アニメにするのは難しいかも知れないが、電子紙芝居なら可能だろう。もちろんその時の朗読はMちゃんに頼み、絵もMちゃんにお願いするつもりである。

そして、ここからがスゴイところなのだが、『ムゲンの樹、水のない海』のイメージソングを、なんと、ふるもとゆうこさんが作って下さることになった。ふるもとさんとは今年の拡大版にお招きしてから親しくさせていただいており、カレーなる晩餐会にも豊橋でのコンサートが終わってから駆けつけて来て下さった。今回「「イメージソングを作ってほしい」という私のぶしつけなお願いにも快く引き受けて下さった。ありがたい気持ちでいっぱいだ。早速Mちゃんに知らせたら、Mちゃんも喜んでくれていた。一体どんな曲が出来るのだろう…。楽しみである。



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大忙しの三日間

2009/09/07 16:51
一週間ほど前から出始めていた咳も、以前主治医から処方された飲みの残りのせき止め薬があったので、それを飲んでいたらケロリと治まった。ここのところ日中は暑くても、朝晩は涼しいのでちょっとした気候の変化に反応してしまう私の気管支が警告を発していたのだろう。

先週の金曜日から、立て続けに三人の女性と打ち合わせをしたり、ジネンカフェのゲストへの招へいのために口説いたり、若い友人と旧交を温めたりしていた。先ず先週の金曜日、以前環境教育ミーティングで一緒に『まちの環境カルタづくり』をしたKさんとMOMOで会い、ジネンカフェのゲストとして登場してくれるよう要請した。Kさんの本筋は生態系の研究や保全であり、来年名古屋市で生物多様性を主眼とした催し『COP10』が開催される。それでなくても環境と福祉は、全くかけ離れた分野ではない。ましてや生物多様性とノーマライゼーションは、その根底にある哲学は同じものである云々…。ゲストの話を断るつもりで来たと言っていたKさんだが、私の話を聞いているうちに自分の中で話のイメージが膨らんで来たらしい。もともと大それた地球環境がどうとかよりも、身近にある環境を大切にしてゆきたいという思いをもつKさん。きっとゲストの話を受けてくれるだろうと思っていた。ただ、スケジュール的に今年は難しいと言われるので、来年にまわってもらおうかと思っている。

明けて土曜日の朝、突然今年の春にN大を卒業し、現在実家のある浜松の身体障がい者施設に勤めているEちゃんからメールが入り、今日半田に行くので、今日の夜か明日の午前中に会えないか…という。なんでも思いがけなく三連休が取れたので二日前に半田に行こうと思い立ち、別々の友達に連絡したら土曜日の午後と日曜日の午後に会う約束をしたので、それまでの間半田の誰かに会いたいと思い、私に連絡をくれたらしい。その日は駅前に出来た「名鉄イン」に宿泊するという。それなら土曜日の夜の方がよいと返信をする。土曜日の午前中は地元の半田市で活動しているNPO法人共育ネットはんだの代表Mさんに、来年2月に催すジネンカフェ拡大版の話題提供者のひとりとしてお話してくれないかと依頼し、快諾してもらった。ありがたい。Mさんは元保健婦さんで、現在も子どもたちとの関わりを活動の核にしておられる。虐待児童や軽度発達障がい児に対する想いも強く、支援者として示唆に富んだ話題を提供していただけるだろう。

土曜日の午後からはくれよんさんへ行き、カレーなる晩餐会の最終確認をする。夕方に半田へ戻り、Eちゃんと知多半田駅で待ちあわせて、駅前の「養老の瀧」に行く。9時頃から11時近くまで飲んで食べて話していた。翌朝も岐阜から友達が車で迎えに来るまでEちゃんにつきあい、お昼近くに名古屋へと出る。午後16時からの『カレーなる晩餐会』の準備のため、14時にスタッフ集合することにしたのだ。MOMOの空間が狭いので、昨年の反省を生かして食事までを隣のどんぐりひろばで行うことにした。今年の『カレーなる晩餐会』の模様は、近いうちにジネンカフェだよりにUPするので、そちらもご覧下さい。はじまった時は参加者が少ない状況だったが、徐々に人が増えてゆき、夜の部が始まる頃には大人、子ども含めて30名もの参加者がMOMOを埋め尽くしていた。これは私の新しいカメラ、オリンパスのE-P1でtommyさんが撮したそのうちの一コマである。
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Mちゃんの朗読はさすがに表現力があり、私が選曲したBGMと相まって「ムゲンの樹、水のない海」を新たなる物語として息づかせてくれていた。
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ひさしぶりに汗だくでした

2009/09/02 22:33
最近朝夕は涼しいが、日中はまだまだ日射しに夏の名残を感じさせる日が多い。空は完全に秋の表情をしているのに、太陽だけが強情にも夏を引きずっている…。そんな感じの9月の頭である。

昨日もそんな日だった。午後から豊田市の加茂看護専門学校で社会学のゲスト講師として、看護師の卵さんたちに約70分ほど話をしてきた。私を招いてくれたのは、あいちピア・カウンセリング/カウンセリングセンター長を勤めておられる坂野尚美先生である。坂野先生はもともと社会福祉が専門なのだが、心理カウンセラーもなされていて、中部大学などでも教えておられるが、加茂看護専門学校で社会学の講師もしておられる。私はこの春からあいちあいちピア・カウンセリング/カウンセリングセンターにおいて、ぴあ・カウンセリングを学んでいる。そういう繋がりで今回の話がまわってきたのである。

私は、人前で話すことには慣れている。というか話しをすることによって想いを伝えることが私の活動の一部であるのだ。しかし、子ども相手に話すよりも、大人相手に話すことの方が難しい…。そうは言っても引き受けた以上は、話さないといけない。坂野先生に伴われて講義室に入って行くと、40名ほどの学生さんが座っている。男子もいたけれど、9割方は女の子であった。

坂野先生から紹介を受けて、いよいよ本番。はじめは自分でパワポを操作しながら話そうかと思っていたが、慣れない机に緊張も加わり、なかなか思うようにマウスが動かせない。みるにみかねた坂野先生が操作を買って出てくれた。話の構成は私のプロフィールから始まり、生い立ち、少年期〜青年期の生活、「普通」「人並みな」生活に憧れて、ひとり旅、文芸同人誌、市民活動に関わるきっかけ、主な活動、活動の大変さ、活動の楽しさ、そして最後に私の想いや夢を話して終了した。

それにしても、こんなに長時間喋ったのは初めてかも知れない。話しているうちに段々暑くなって来て顔は汗だらけ、私の背後にいた坂野先生に言わせると、Tシャツの背中の汗じみがみるみるうちに拡がってきたという。

看護学生ということもあり、メモを取りながら熱心に聴講してくれていたが、話している最中は反応がいまいちよく解らなかった。しかし、講演を終えて学生さんに感想を訊いたり、提出された感想用紙の内容を読んだりしてみると、私の話の要点をよく捉えていて、それぞれに感じるものや気づいたことがあったようである。それだけでも役目を果たすことができたようでほっとしている。
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今年は早い

2009/08/31 20:40
気がついてみれぱ、今日で8月も終わりである。今月はお盆まで割りと余裕があったのだが、お盆が過ぎてからまたいつものバタバタが戻ってきた。それも並みのバタバタではなく、さすがの私もうんざりするぐらいのバタバタだ。耳の中の化膿は完治した。担当医に言わせると、私の耳の中には緑膿菌という菌がいたらしい。こいつはどこにでもいる菌で健康な人なら何でもないのだが、免疫力が落ちている人に着くと悪さをするらしい。一度こいつに見込まれると根治するのが難しいのだそうだが、私は抗生物質の助けを借りたとしても、一週間で完治してしまった…。私の体って一体?

さて、明日から9月である。今週もまた空いている日が木曜日しかない。カレーなる晩餐会が来週の日曜日と迫っている。今年は参加申し込み者が延び悩んでいる。しかし、当日になってみないと参加人数が解らないのもジネンカフェならではのことではあるし、当日までにはまだ6日もある。まあ、なんとかなるだろう。

それよりも先ずは明日である。いよいよ加茂看護専門学校でのゲスト講義の日。でも、今年は早くも咳が出はじめている。例年なら10月〜11月の秋頃にかけて出るのに、今年は8月の下旬である。いくら今年の夏が短いからといって、私の咳まで早く出なくても良いのに…。全く難儀な体ではある。
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夏の終わりで思い出すこと

2009/08/24 21:58
今年はやはり夏が短いらしい。日中はそれでも日射しが強い日もあるが、空も雲も完全に秋の表情をしている。そして朝晩は多少ひんやりとして過ごしやすい。晩夏というよりは、初秋に近い感じだろうか…? 夏の終わりのこの季節になると、私はある小説を思い出す。それは九州は福岡県の柳川を舞台に、美しい姉妹とその姉の婿に入った男の愛憎劇を耽美的な精緻さで描いた福永武彦の『廃市』

物語は語り手の「私」が新聞記事で、大学時代のある一夏を過ごしたまちが大火によって全焼に近い被害にあったことを知るところからはじまる。卒論を書くために一夏をどこか静かなところで過ごしたいと考えた「私」は、親戚の薦めもあって九州のそのまちの旧家・貝原家に逗留することになる。貝原家には「私」を出迎えてくれた安子と祖母とのふたりが住んでいるようだったが、安子には郁代という姉がいて、その姉には婿養子の直之がいるという。しかし、ふたりの姿は貝原家にはなかった…。貝原家に着いた夜、寝付けない「私」の耳に川の流れの音に混じって女性のすすり泣く声が聞こえてくる。誰が泣いているのだろうと訝しがる「私」安子だろうか、それとも姉の郁代か…。

ほどなくして別の場所、別の機会に郁代と直之に会った「私」は、ふたりがそれぞれ家を出て暮らしているらしいこと。そしてその原因がどうやら安子の存在にあるらしいと知る…。

そして夏の終わりに悲劇は起きる。直之が貝原家を出てから一緒に暮らしていた秀と心中してしまったのである。直之の葬儀の席上、郁代が安子に詰め寄る「あんたがついていながら、どうしてこん人は秀なんかと死ななければいけなかったの」安子もそれに対して言い返す。「姉さん、姉さんが間違っていたとよ。義兄さんが好きだったのは、姉さん、あなただったとよ」その言葉に興奮した郁代が直之の棺にすがりついて叫ぶ。「あんたが本当に好きだったんは私? それとも安ちゃん? 答えなさいよ!」

福永武彦の作品の主題として、多くの小説に登場する〈愛の不可能性〉のテーゼが、「墓場のような静かなまち」を舞台に叙情性豊かに描き出されている。作中この小説の舞台が柳川だとは書かれていないが、福永武彦自身の故郷・福岡のまちであり、北原白秋の詩集『思ひ出』に触発されて書かれたそうだから、やはり柳川をモデルにして書かれたのは間違えないだろう。福永武彦の作品の中でも人気が高い中編である。私も好きな作品だ。

因みにこの『廃市』という作品は、大林宣彦監督によって映画化されている。
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耳の中が化膿していました

2009/08/21 22:08
今週の日曜日あたりから、右耳に違和感を感じていた。普通にしている限りでは大丈夫なのだが、耳の周辺に触れると痛いのだ。私はしかし、ニキビの親玉でも出来たのだろうと、それほど気にはしていなかった。それが昨日の夜から痛みはひどくなり、ウェットテッシュで耳の中を拭うと、膿のように黄色いものが出てきていた。そして今朝目覚めたら、右耳の聴覚が完全におかしい。一枚の膜越しに周囲の物音が聞こえている感じなのだ。

久しぶりに中耳炎かなあ〜と思った。小学生の時はよく中耳炎を起こしていたものだ。早速家の近くの市民病院の耳鼻咽喉科を受診した。市民病院、耳鼻咽喉科を受診するのは本当に久しぶりのことで、待ち時間が長いことに辟易しながらも、診療の順番がくることをいまかいまかと待っていた。

1時間半ほど待ってやっと私の順番がきた。担当の先生は若い女医さんだった。問診を経て菌を検査するために耳の中に綿棒を入れて黄色い膿を採取した。そしてその膿を洗い流し、消毒するために右耳の中を水流で洗浄してもらった。それがまた気持ちよくもあり、妙な感じでもあった。

結論的に言えば中耳炎ではなく、耳ろう孔が化膿したのである。抗生物質の飲み薬と、耳に注す点耳薬を処方してもらい、帰ってきた。次の予約は来週の金曜日である。来週から再来週にかけて忙しない日々が待っている。好事魔多しとはこのことだろう。
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私も弱くなったものだな…

2009/08/17 10:31
残暑お見舞い申し上げます! 先日、NPOの理事仲間で建築設計士のMさんから残暑見舞いのはがきが届いた。気がつくともうそんな時季である。梅雨が長引いたせいもあり、〈残暑〉と言われてもあまりピンと来ないけれど、確かにお盆も過ぎ、〈立秋〉も過ぎている。うちの周りではまだあぶらゼミがわんわん鳴いているし、空に浮かんでいる雲も夏の特徴的な表情をしている。この土・日は、飲んで、食べて、打ち合わせをして、歌っていた。

お盆の最終日である15日には、毎年我が家の恒例になっている叔父夫婦を迎えての晩餐会だった。晩餐会というと聞こえが良いが、要するに飲み会である。母方の叔父夫婦は我が家の一軒隣で酒屋を営んでいるのだが、子どもがいないのでいつの頃からか盆暮れになると我が家で酒盛りをするようになったのは、以前にも書いたような憶えがある。料理屋からオードブルを取り、お持ち帰り寿司を買ってきて叔父が持ってくる地元の大吟醸〈中埜〉を飲む。言ってみればただそれだけのことなのだが、叔父が楽しみにしているらしいし、地元にいても大吟醸〈中埜〉なんて日頃から飲める酒ではないので、こちらも楽しみにしているところもある。

今回、その〈中埜〉に加えて、兄と私が共同購入した〈杜の妖精〉という芋焼酎まで飲み、叔父夫婦が帰る頃には私はもう酔いつぶれていた。ビールと日本酒、焼酎ではそれぞれアルコール度数が違うけれど、飲んだ分量から考えてビールならそんなに酔いつぶれることはない。しかし、私も酒が弱くなったものだ…。それでも翌日、二日酔いもなく普通に目が覚めた。というか、私はいままで二日酔いというものを経験したことがない。一体私の肝臓は酒に強いのだろうか? 弱いのだろうか?

16日の日曜日は久しぶりの名古屋に出て、友人と昼食を食べてカラオケ屋に行った。カラオケ屋には3時間もいたのだが、歌を唄っていたのはそのうちの1時間である。あとの2時間は打ち合わせをしていたのである。カラオケ屋というところは歌を唄うだけではなく、使い方によってはいろいろなことに使える空間でもある。そういえば風穴一座がはじめて紙芝居を作ったとき、金山のカラオケ屋にメンバーが集まって紙芝居を読む通し稽古をしたものである。歌を歌わないカラオケ屋の客も珍しいだろうけれど、1時間は歌ったのだから筋は通っている(笑)

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珍しい一週間

2009/08/15 10:00
9日からの一週間、珍しく自宅に籠もっていた。こんなに長い期間自宅にいることも珍しいのではないだろうか? 昨日、栄はロフトの地下に専門書から一般書まで揃えた新しい書店がオープンしたというので行ってみようかと思ったが、特に目当ての本もなく、行ったら行ったでまた本の虫が疼いて散財してしまいそうなのでやめた。それにこの暑さである。

自宅に籠もっていたとは言っても、例の如く何もしていなかったわけではない。加茂看護専門学校で話をする時に何も資料がなく、ただ私の語る言葉だけでは例え看護師の卵さんたちとはいっても解りづらいところがあるだろうと思い、パワーポイントで話の概要をスクリーンに映しながら喋ろうかと考えている。そのための資料づくりをしていたり、いろいろとやらなければならないPC作業をしていたのである。しかし、それも昨日で大体片がついた。

私は学校の福祉実践教室や、福祉交流会などでパワーポイントを使って話をすることもあるが、今回のように専門的な知識をもった学生さん相手に話すのははじめての経験だ。子ども相手に話すのとおとな相手に話すのと、全く同じ話をするのもどうかと思うし、看護師さんの卵ということは脳性小児まひという病気の知識はもっているだろうから、そこら辺は簡単に生い立ちの中で触れる程度で流そうかと考えた。私に求められているのは〈重度の障がいをもちながら、社会的な活動をしているのはどうしてなのか?〉〈活動の大変さ〉〈活動の楽しさ〉であるから。でも、それを話すにはやはり私のこれまでの半生や、私を取り巻く環境とか、社会に対する想いとかにも触れる必要があり、結局は私の半生の総括みたいになってしまった。私に与えられた時間は90分の内70分である。あとの20分は質疑応答に充てられる。そんなに質問が出るとは思えないけれど…〈笑〉

今日の晩は、また叔父夫婦が来て酒盛りの予定である。明日は一週間ぶりに名古屋に出てゆく…。
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本人に自覚はないけれど…

2009/08/09 10:31
以前の記事で久しぶりに会う人に「痩せた」と云われていると書いたけれど、今朝はとうとう毎日顔をあわせている家族にまで「顔が小さくなった」と言われた。私も毎朝洗顔したり、電気カミソリで髭をそるときに自分の顔は鏡で見ているが、そんなこと意識したことがない。まあ、多少昔に比べて顔の輪郭がすっきりしたかなとは思うだけで、小さくなったという認識はなかった。ウエストは相変わらずだし…。顔は簡単にすっきりさせることができるけれど、ウェストはなかなか落とせないと聞いたことがある。そうなのだ。ウェストはその気になって努力しなければなかなか落ちてはくれないけれど、顔はその気がなくても、努力しなくても、痩せられるのである。

顔が痩せたとはいっても健康面に不安があるわけでも、食生活が変化したわけでもない。まあ、昔はMOMOに出勤するのにコンビニの弁当を買っていたけれど、いつの頃からか経費節減のため義姉に弁当を作ってもらっている。そのおかげかも知れない。コンビニの弁当と義姉が作ってくれる弁当とでは、同じ揚げ物でも油の質が違うのは一口食べれば歴然としている。若い頃は比較的こってり系が好きだったのだが、最近では和風とか、あっさりしたものを好んで食べるようになっている。ひとりで出歩いていると、体にはよくないと思いながらも時々MACで食事をすることがあるが、普通のハンバーガーよりもエビ・フィレオとか、フィレオ・フィッシュのセットを頼んだりする。なんだかんだと言っても、歳だということか…。

ここ二、三日前から久しぶりに口内炎が三つも出来て、口の中が痛い。歩いていた頃は夏場でなくても歩く度に汗を流していたから、口内炎がよく出来ていたものだ。口内炎は疲労とかビタミン不足、ストレスが原因でも出来るから、本人はそれほど自覚していないが、疲れているのだろうな〜とは思う。見かけによらず、私は肌や粘膜がデリケートだったりするのである。

しかし、そんな状態の中でも、昨日は一日中喋っていた。午後からジネンカフェのVOL.030があり、進行役としては喋らないといけなかったし、夜は地元でまちづくりサロンがあり、参加して、参加した以上は喋らないと何のために参加したのか解らないので喋った。自分でいうのもなんだけど、本当に口が減らない奴である。昨日のジネンカフェの記録は、例の如く近々「ジネンカフェだより」にUPするので、ご興味のある方はまたお読み下さい。



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